英国の国石がダイヤモンドであることをご存じの方がどれだけいらっしゃるだろうか。ロンドン塔に行くと、その実力のほどがよく分かる。初めてロンドン塔で見た大英帝国王冠を飾る世界最大のダイヤモンドの輝きは寝ても覚めても忘れ得ぬものとして心に居座った。今、宝飾や高級時計の仕事に多く携わっているが、最初のきっかけはこの体験に間違いない。
故・エリザベス2世も、ダイヤモンドをこよなく愛したことで知られている。2012年には、在位60周年を祝福したダイヤモンド・ジュビリーの際には、バッキンガム宮殿で特別に女王自らの貴重なダイヤモンドジュエリーを一般にお披露目する展示会を行ったほどである。
ちょうど同じ頃、ロンドンのケンジントン宮殿のオランジュリーで世界各国から集められたピンクダイヤモンドのお披露目会が催され、招待を受けて出掛けた。ピンクダイヤモンドは、2020年にピンクダイヤモンドの供給量95%を誇っていたオーストラリアのアーガイル鉱山が閉山されたため、今では非常に希少性が高く滅多にお目にかかれない。
鉱山が稼働していた際にも、トップクオリティのピンクダイヤモンドを手にできるのはオークションのみ。「テンダー」と呼ばれる会で、世界中から選び抜かれ参加が許された企業だけが浴する栄誉だった。ケンジントン宮殿の展覧会は、とてつもなく貴重なものだったことは言わずもがなだ。
そこで、話題をさらったのは、バッキンガム宮殿に展示されていたエリザベス2世のブローチだった。エーデルワイスをかたどったブローチで、中央にウィリアムソン・ピンクダイヤモンドと呼ばれる23.6カラットの大粒の石を配したブローチである。
1947年、結婚のお祝いに鉱山の採掘権を持っていたカナダ人地質学者ジョン・T・ウィリアムソン博士から原石が贈られ、53年にカルティエがブローチに仕上げた。チャールズ新国王とダイアナ元妃の結婚式にも着けるほどお気に入りで、しばしば公式の場でも愛用していた。
「現存するピンクダイヤモンドの中で、最も美しいカラーを誇る」と皆が声をそろえて褒め称えるだけあり、少し紫がかった神秘的なピンクが印象に残った。
残念ながら女王が亡くなった今、次に本物を目にできるのはいつで、誰が胸元を輝かせているのか気になるところである。ちなみに、ダイヤモンドを愛する女王が日頃から片時も離さなかったのはパールの3連ネックレスだった。敬愛していた父親のジョージ6世からの贈り物だそうで、今年開催された在位70周年を祝うプラチナ・ジュビリーでも、それを身に着けた姿が残されている。