【道標 経営のヒント 347】宿のプラセボ効果 宮坂 登


 あるホテル関係者から宿泊商品の広告ではなく、ホテルそのもの、企業性を表すための広告を考えてみたいと相談された。温泉地にあってどの宿も類似の宿泊商品で競合しており、どうしても差別化できないというもので、自館のポテンシャルの高さなら企業イメージをアピールすることの方が効率的なのでは、と考えたとか。現在は価格競合に陥っているようだ。さてどうしたものかとうなってしまった。

 以前、外資系チェーンの企業広告の制作依頼を受けて半年ほどやりとりしたことがある。名の通ったホテルである。先方の担当者と意見が分かれたのはブランドロイヤリティという目に見えないものの扱いである。例えばターゲットを考えた場合、40~50代のカップル(特に夫婦)をもっと取り込みたいから、広告で使用する写真はその年代のモデルを使い、ホテルシーンのポートレートをちりばめてブランドロイヤリティを向上させたいと言う。そのホテルの施設・サービス内容を見るとステレオタイプというか正統なものであって、悪く言えば特徴がない。駅に近く、料飲施設がある程度充実しているためウォークイン客が多く、とてもその年代は宿泊までには至っていない。理想的な夫婦像を視覚アピールして果たして宿泊に結び付くかどうか。お互いどうしても相容れなかった。イメージ広告というものが心理的にどのように作用するのかというテーマで意見を戦わせたが、結局、仕事を降りた。そんな話を失敗談として語りながらふと思ったのは、医療業界でいうところの「プラセボ効果」だった。

 例えば薬も、この薬は効く、という思い込みが脳内からさまざまな物質を出し、神経系に作用し、症状が改善されることがあるという。手術でも同様。関節炎でも関節鏡を入れて何もせずに手術を終えただけでもかなりの鎮痛効果が見込めることもあるとか。現代は十分に真実を説明して同意を得た上で治療を行うインフォームドコンセントが必須になっているから、プラセボ効果とは方法論が逆行するが…。

 イメージ広告もプラセボ効果と似ている。温泉の美しい写真を見て、その場に臨んだとき、温泉の効能をそれ以上に感じるだろう。強い思い込みである。食事や部屋もしかりだ。

 一人一人異なる価値観に対して同一の広告で訴求する時代はもう終わっている。ましてやSNS全盛時代。旧来の広告手法はもう通用しない。企業性をアピールするならネット戦略に力点を置くべきと、ステレオタイプの返答をしてしまった。なぜかまだ、モヤモヤしている。

 
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