前回から続けて、ダイヤモンドの世界にお付き合いいただきたい。ロンドン塔で王室のダイヤモンドに導かれ、現在の仕事に至っていることはお話しした。その中で、20年ほど前に、世界のダイヤモンド業界を旅する機会に恵まれたことがある。
誰もが知るダイヤモンドジュエラーはもちろん、ベルギーにあるダイヤモンド取引所や、ダイヤモンドのカットの美しさで定評がある会社も訪ねた。
旅の始まりは、やはりロンドン塔にこだわった。最初に、そのロンドン塔に収められているダイヤモンドを、年に1回掃除する役目を担っている「ガラード」へ。そこでは、ロック発祥の国だけあって前衛的なデザインに驚かされ、続いて取材した当時まだ日本に上陸していなかった「グラフ」では、見たことのない大粒のイエローダイヤモンドにため息の連続だった。
その後、時差ぼけに苦しむ人が多いことから、レッドアイ航路と呼ばれるロンドン、ニューヨーク間を渡航し、ニューヨークの歴史あるダイヤモンドカッターを訪問。その一つである「ウィリアム・ゴールドバーグ」では、この業界がいかに長い時間をかけてユダヤの人たちが築いた文化であるかを知った。夕方にオフィスに到着したのだが、しばらくするとなにやら呪文のようなものが聞こえてくる。聞くと、お祈りの時間だという。専用に、お祈り用の部屋もあった。さらに驚いたのは、職人の方のインタビューの時だった。至極真剣な顔で、「失礼になると思うが、君とは握手ができない」と言われたのだ。ユダヤの文化では、家族以外の女性と握手するだけで、その相手と結婚しなければならないからだそうだ。
この握手だが、ダイヤモンドの売買では非常に重要な意味を持つ。ベルギーの取引所で教えてもらったのだが、最終的な取引成立は契約書ではなく、握手によるのだ。紙に包まれたダイヤモンドの原石を選別し、価格交渉がうまくいくと「マザール(神のご加護をの意味)」と声を掛け合い、握手をして終了となる。不安なほどの口約束だが、ユダヤ人の結束の固さを物語るもので、一度でも約束を破ればダイヤモンド業界で二度と働けなくなるほどの重みがある。
取引所の後は、少し足を伸ばして研磨工場へ出掛けた。そこで、職人から最も美しいダイヤモンドを目にしたいならと秘策を伺った。「ろうそくの光に照らしてご覧なさい。昔の職人たちはそうやって石を磨き上げたのだから」と。ディナーにキャンドルが灯るようなムードあるレストランでの会食が決まったら、女性はぜひ手持ちのダイヤモンドリングを身に着けて行ってほしい。きっと、幻想的なダイヤモンドの光が手元を彩り、周囲にいつもより魅力的に映るはずだ。