いよいよオリパラ 新時代への戦略を推進
首都圏のシティホテルは、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年にどのような戦略で臨むのか。集客をはじめMICE、人材、IT化などへの対応が課題だ。ザ・キャピトルホテル東急取締役執行役員総支配人の末吉孝弘氏、品川プリンスホテル執行役員総支配人の橋本哲充氏、横浜ロイヤルパークホテル常務取締役総支配人の雄城隆史氏、ホテルニューグランド常務取締役総支配人の青木宏一郎氏の4人に語り合っていただいた。座談会のファシリテーターは、立教大学観光研究所特任研究員の玉井和博氏。総合司会は観光経済新聞社企画推進部長の江口英一。(東京都港区の品川プリンスホテルで)
◎出席者
末吉孝弘氏(ザ・キャピトルホテル 東急 取締役執行役員 総支配人)
橋本哲充氏(品川プリンスホテル 執行役員 総支配人)
雄城隆史氏(横浜ロイヤルパークホテル 常務取締役 総支配人)
青木宏一郎氏(ホテルニューグランド 常務取締役 総支配人)
ファシリテーター=玉井和博氏(立教大学観光研究所 特任研究員)
総合司会=本社企画推進部長 江口英一
19年マーケットの動向
玉井和博氏(立教大学観光研究所 特任研究員)
――2019年はどのような年だったか。
末吉孝弘氏(ザ・キャピトルホテル 東急 取締役執行役員 総支配人)
末吉 2019年は台風などの天災、外交問題、ホテル間の過当競争といったネガティブな出来事があり、東京のホテルマーケットでも若干の影響が見られた。ただその中でインバウンドはバランスよく増えてきて、全体的にはある程度順調に推移した年だったと感じている。ラグビーワールドカップ日本大会でにぎわった10月には、ザ・キャピトルホテル東急では宿泊の外国人比率は80%近くまで伸びた。一方、私たちのホテルはビジネス利用も多く、国際情勢の影響を少なからず受けた1年であった。最近、観光利用とビジネス利用の境界が曖昧になってきているが、それでもさまざまな面で影響が出てくるものなのだと改めて実感している。「ブレジャー」という言い方も出てきていることからも分かるように、「ビジネスで訪れた人が週末はレジャーの時間を過ごす」という動き方が目立ってきていることを前提に私たちは考えていかなければならない状況だ。
雄城隆史氏(横浜ロイヤルパークホテル 常務取締役 総支配人)
雄城 横浜エリアにとっての2019年は国際的な会議やイベントに沸いた年であり、私たちは社内的に「特需」と呼んでいる。G20シェルパ会合、英国サッカーチームの親善試合、アフリカ開発会議、ラグビーワールドカップが、ゴールデンウイークやお盆、花火大会といった毎年恒例のイベント期間に重なることなくうまく分散してくれたことがプラスに作用した。結果として、横浜ロイヤルパークホテルの宿泊部門の売り上げは前年を大きく上回ることができた。もともと横浜は都内に比べてインバウンド比率がとても低く、通常30%を切るレベルにとどまっている。ところが国際的な会議やイベントが入った期間は、60%程度まで上昇した。もともとインバウンド比率が低い横浜はインバウンド減少の影響も少なく、客室稼働率の低下にはつながっていない。日本人の顧客層によるアーバンリゾートとしての利用がいまだに強いという特性が幸いした1年だった。
橋本哲充氏(品川プリンスホテル 執行役員 総支配人)
橋本 2019年は米中貿易摩擦、英国のEU離脱問題などがあったが、4月から5月にかけて潮目が変わった印象がある。「東京シティエリア」における各プリンスホテルは、それぞれのブランドカテゴリー全てがそろうエリアである。その中で品川プリンスホテルは「プリンスホテル」カテゴリーにおいてスタンダードなカテゴリーであり、羽田空港や地方からのアクセスのよいロケーションを背景に依然として国内マーケットからも圧倒的な支持を得ている。加えて、ラグビーワールドカップの開催時期には米豪欧のマーケットを取り込んだことで、2019年は前年をやや上回るインバウンドの集客となった。カントリーリスクを考慮し、国内・海外マーケットのバランスをコントロールしている。
青木宏一郎氏(ホテルニューグランド 常務取締役 総支配人)
青木 横浜エリアは全国レベルに比べて、インバウンドが非常に低調だ。都内のインバウンド比率が60%から70%、ホテルによっては80%、90%をマークしているのに対して、私が横浜に移ってきた2017年時点で15%程度だった。そのころからインバウンドが増えてきているかと言えば、急激な伸びはいまだ見られない。ラグビーワールドカップがあったので単月では大きく伸びたとは思うが、まだまだ横浜という町はインバウンド未開の地だ。逆に言えば伸びしろがあると私は考えている。ホテルニューグランドは新興アジアからの利用がまだほとんどない。韓国からの利用は母数が低いのでカントリーリスクは少ないものの、絶対数は半減している。反対にラグビーワールドカップによって欧州からの利用が非常に増えたことで、2019年のインバウンド比率が全体的に下がる事態は避けられた。内訳を見るとラグビー開催期間は韓国と欧州が完全に入れ替わっているので、日韓の関係が良好であればインバウンド比率はもっと伸びたと思う。
シティホテルの災害対策
――大きな自然災害へのホテルの対策は。
雄城 2019年は日本列島各地が天災の被害を受けたが、当社の営業部門が受けた打撃も大きく、何千万円単位の損失が出た。自然災害の対応について振り返ると、特に台風19号のときに最も苦慮したのはスタッフをいかに確保するかだった。台風上陸の日にもゲストは滞在しているし、台風一過で翌日晴れれば一般宴会、婚礼、チェックイン・アウト、レストランの営業は通常通り行わなければならない。そこで台風の日は客室清掃をはじめ必要なスタッフの人数をそろえるために、ハウスユースなどにより約150名を確保した。この対応は交通機関の計画運休が早々に公表されたからできたことだ。
橋本 プリンスホテルは「BCP(事業継続計画)対応マニュアル」に基づいて対策を進めている。今回の台風に対してもBCP対応マニュアルに沿った行動に努めるために東京シティエリアのGMが集まり、1週間前からミーティングを行った。品川プリンスホテルは台風15号の際は対応が少し後手に回った感もあったが、台風19号のときはしっかりと体制を整えて対応することができた。
末吉 キーワードは「計画運休」で、台風15号を踏まえて19号のときは「電車が止まるぞ」という危機感を持って対応することになった。ザ・キャピトルホテル東急でも人員の確保をどうするのかを考えるところから始まった。総支配人室に対策本部を設置して、出勤するスタッフの食事や寝る場所を事前に決めていたので大きな混乱は起こらなかった。清掃スタッフに無理に来てもらえばかえって危険を伴うことになるので、お客さまに状況を知らせ、連泊の方には簡易的な清掃で了承を得るという動き方をした。
青木 2019年の自然災害において、ホテルニューグランドはそこまで大きな被害は受けなかった。それでも台風19号は週末に当たったため披露宴の関係もあり、宿泊、宴会ともにダメージはあった。ホテルニューグランドでは2年ほど前からBCPを整備し、2018年にはレジリエンス認証(国土強靭(きょうじん)化に貢献する団体に与えられる認証)を取得しているので、緊急事態に対応するための形は出来上がっていると言える。
東京オリンピック・パラリンピック期間中の宿泊予約状況
――東京オリンピック・パラリンピック期間中の宿泊の予約状況はどうか。
橋本 品川プリンスホテルは、東京オリンピック・パラリンピックを見据えてハード面を改修して受け入れ体制を整えている。2017年12月にオープンした「ダイニング &バー テーブルナイントウキョウ」は、オリンピックやMICEを意識した施設となっている。羽田空港の国際化やナイトタイムエコノミーへの対応を図ったもので、バーエリアは朝の4時まで営業している。狙い通りラグビーワールドカップの時期には数多くのお客さまに利用していただけたので、オリンピックを含めて2020年以降はさらにグローバルなイベントでの活用シーン拡大を期待している。テーブルナイントウキョウは「レストラン」という表現を極力使わず、「エンターテインメントスポット」と呼ぶことで間口を広げている。その結果、ウエディングについてもかなりの組数を受注できている。貸し切りで使えるプライベートルームもあり、まさにオリンピックを見据えたエンターテインメントスポットとなっている。品川プリンスホテルの客室は安定的に高い稼働率で推移しているが、オリンピックに向けてさらなる成長が求められている。今後アネックスタワーロビーのリニューアルも予定しており、ホテル各所準備を整えていく。
末吉 ザ・キャピトルホテル東急は251室しかないので、オリンピック期間中とその前後に関しては、ほとんど空室が残っていない状況だ。ただしこれは事前に余裕を持たせて予約されている部屋も含まれるので、企業や個人のスケジュールがこれから明確になっていく段階で隙間が出てくると予測している。その隙間をどのようにしていくかはとても重要な判断になり、どの時点で見極めるかはラグジュアリーホテルにとってエリアにおける勝負の分かれ目になると考えている。私たちのホテルは開業から9年しかたっていないが、オリンピック・パラリンピックに合わせたインフラ整備にしっかりと着手できている。オリンピック・パラリンピックによって改めてインフラを整えることのできる契機を得られたことは、ホテルにとってプラスだと考えている。
雄城 横浜ロイヤルパークホテルのオリンピック期間中の稼働率は、現状60%に達していない。この低稼働は、JOCに提供していた部屋が2019年10月末日付で返室されてしまったことも影響している。横浜で行われる競技は野球、ソフトボール、サッカーだけで東京のように多種目が同時に開催されるわけではなく、オリンピック関係の需要はさほど強くはないと予測はしていたものの、この返室は私たちとしても驚きだった。現在はOTA上でも開放していてそこそこの単価で張っているので、クラウディングアウト的な動向は宿泊の方でも出てきていると思う。大会期間中は高単価であるため敬遠される傾向が見えてきているので、これから料金調整をかけていく必要があるだろう。
青木 ホテルニューグランドは東京オリンピック・パラリンピック組織委員会から配宿の供給を受けていないので、大会期間中の室数のオンハンドは現時点では少ない。しかしながら一般のお客さまのご予約を高単価で受注できていることから前年並みの売り上げは確保できている。ワールドカップやオリンピックのような大きなイベントが開催される際、マーケットへの客室の出し方には注意が必要だ。そのときどきのニーズを見極めながら販売のボリュームとタイミングをコントロールしないと、最終的な販売に失敗する事態にも陥りかねないからだ。ラグビーワールドカップ期間の宿泊についても最初は鳴かず飛ばずで、それでも我慢を続け安売りはせず、最後の方でインセンティブグループを数件獲得したことで単価も稼働もぐっと上昇した。オリンピックについても室数についてはスロースタートで、最後に追い込む形で対応していくことになるだろう。オリンピックによって客室料金が上がり過ぎて、普通の旅行者がまったく動かなくなれば試合開催日とそれ以外の日での需要の山と谷の差が激しくなり、プラスマイナスゼロになってしまう懸念もある。
――東京オリンピック・パラリンピックの影響で、宴会や婚礼にキャンセルや先送りの動きは見られるか。
橋本 オリンピック期間中は一般のイベントの自粛傾向は確かに見られるが、オリンピック関連の宴会についてはどういう動きになるのかまだ分からない。
雄城 宴会場の動きに関しては、東京オリンピック・パラリンピックの影響が見られる。期間中のオンハンド、引き合いの状況を見ると定例の大型宴会は取れているものの、それ以外の単発の宴会は確実に数が減少している。婚礼についてはもともと夏場の件数は少ないが、それでも過去に比べて成約件数は非常に落ちている。式に出席するために地方から出てくる方々を泊めるにしても、ホテルの客室料金が高騰しているし、「オリンピックのチケットを購入した親族がいるから」という理由で開催期間中を避けるケースも見られるようだ。
末吉 通常の動きをしているとオリンピック・パラリンピックのような大きなイベントがある期間は宴会場が空いてしまうので、その状況を避けるべく計画的に対策を進めてきた。具体的には宿泊と宴会をセットで獲得する形の営業を心掛け、つなげようと努めた。例えば企業が海外から観戦に訪れるVIPを接待するためにホスピタリティールームとして宴会場を使ったり、そこから中継を行うといった用途が考えられる。できればオリンピック・パラリンピックに関わる方々に宿泊してもらい、その延長線上で宴会場を使ってもらうスタイルを提案しながらセールスに取り組んできた。この戦略が功を奏し、現状では開催期間中の宴会場はほぼ埋まっている。
青木 ホテルニューグランドの場合、同時期のオンハンド比較で見ても宴会場の予約状況は若干弱いものの例年とほとんど変わっていない。一般的にオリンピックの開催期間中は宴会、婚礼を避ける動向はあるのかもしれないが、もともと8月はどちらかというとオフ期に当たるので大きな影響はないと思う。
MICE、IR、人材、IT化への対応
――MICE獲得へのホテルと地域の連携にどのような意識を持っているか。
雄城 みなとみらいは最初にパシフィコ横浜ができて、そこからホテル、オフィス群が広がっていった経緯があることから、横浜エリアはMICEを非常に身近なものとして捉えていると思う。パシフィコ横浜で大きな国際会議やイベントが開催されると懇親会や宿泊の需要が発生するので、ホテルもその恩恵を受けている。2020年春にはパシフィコ横浜は増床し、「ノース」という新施設が誕生する。それに準じてホテル需要も高まってくることに大きな期待を寄せている。また、横浜ロイヤルパークホテルはノースの飲食に関するコンペティションに参加し、ケータリングの契約締結に至った。ケータリングを契機として、宿泊についても何とか優位性を打ち出し最初に選ばれるホテルを目指したい。
橋本 品川・高輪エリアのプリンスホテルにおいては、2010年に「PRINCE TOKYO MICE CITY」と銘打ち、”千客万来の街”にするためのプロジェクトを立ち上げている。当時のコンセプトは「オールインワン」「ワンストップ」で、宿泊と宴会を区別することなく受注していく姿勢が示されていた。もう一つのコンセプトが「エコ・コンベンションゾーン」で、品川・高輪は車で移動する必要なく利用できるメリットを訴求していた。今はさらに進化して、札幌から広島まで展開しているプリンスホテル全体で各地域の特性に合わせた提案を行っている。東京はこれからエリアとエリア、面と面の戦いになっていくと思っている。地方の場合は都市間競争もある。しっかりとエリアごとのコンセプトを明確に掲げて取り組んでいきたい。
末吉 東急ホテルズは4ホテルがある渋谷という地域を売っていこうとしている。そのために4ホテルのセールス部隊を一つに統合して、各ホテルにではなく渋谷により多くの人たちを集客する方向性で活動している。私たちのMICEに対する動きについても、東急グループが一緒になって同じ方向性で行っている。赤坂にあるザ・キャピトルホテル東急はどうか。かつて地方都市のホテルのGMを務めた経験もある私としては、自分のホテルのみを売るスタイルに限界を感じる。セールス先に行って、客室数や特長、レストランのおすすめ料理を説明したところで、同じようなスペックのホテルを山ほど知っているエージェント様には全く響かない。赤坂の文化、人、体験などを世界の人々に向けて発信することで、地域活性化の核となる存在になっていきたい。
青木 横浜は比較的、地域との連携ができるエリアと言える。みなとみらいがあることで、「コンベンションでやっていこう」という意識が根付いていることが大きいのだろう。横浜の観光局やコンベンションビューローとのコミュニケーションは非常に活発で、「地域で動かそう」という思いを強く感じる。パシフィコ横浜にノースができるのに合わせて、私たちとしてもより積極的に国際MICEを誘致する方針で動くことになるだろう。その中で、地域と一緒になって海外に向けたプロモーションに取り組んでいく姿勢が強化されていくと思う。また、中小規模のMICEについてもクローズアップしながら取り組んでいきたいと考えている。
――IRに対して既存のホテルはどのようなスタンスを取ることになるのか。
雄城 横浜はオリンピックまでにホテル数で10数軒、客室数で4千室強のホテル群が誕生することになる。各ホテルが集客に対して力を入れていかなければならないのは当然で、その面から見ればIRに対する期待感は高くなると思う。
橋本 海外のIRは施設の中だけですべてが完結する形になっていると思われる。ただし、エンターテインメントの部分に関して言えば時代がそれを求めているのは間違いないと思う。
末吉 観光産業は確実に日本の経済成長を支える柱になる。今後も訪日外国人が増えていくのかは、「世界のアウトバウンドの数×日本の選択率」で決まる。日本の選択率を上げてインバウンドの底上げを図っていくに当たり、IRは強い武器になるはずだ。
青木 MICEで横浜を訪れた人たちに、みなとみらいにも負けない観光の目玉として山下町エリアを訴求していく方向性は有効だと考える。もう一つのエンターテインメント性を横浜に生み出すことができれば、素晴らしい街の補完機能が出来上がっていくだろう。
――人材育成とIT化の関係性をどのように考えるか。
末吉 ザ・キャピトルホテル東急では「生産性を求めるに当たって、適切な人員でお客さまに満足いただけるサービスが提供できるのならば、無理に人員削減に走る必要はない」という話をしている。ホテルがIT化を図るべきところはどこなのか。それは「情報共有の場面」ということになるだろう。
橋本 品川プリンスホテルにおいては、セールスの効率化、顧客管理など、まさにセールスに生かせるチェーンホテルとしての強みをさらに発揮できるよう、IT化により取り組んでいる。またエンターテインメントの一環としてNタワーに、デリバリーロボットを導入し、特に女性やお子さまに大変喜んでいただいている。
雄城 ロイヤルパークホテルズでは、まず宿泊主体型ホテルに自動チェックイン・アウト機を導入してみたところ人件費の削減につながり、お客さまからの不平不満も出なかった。そこで横浜ロイヤルパークホテルでもチェックアウトに導入したところ、40%ほどのお客さまに利用されるようになった。
青木 バックヤードでは客室清掃管理やレベニューマネジメント、顧客管理や業務用の情報共有など、システム化を進められるところはたくさんあると思う。予算をどの部分に付けて投資していくのかを考えるとき、自分たちのホテルの基本コンセプトに照らし合わせ、人がやるべき仕事とIT化すべき仕事を明確にし、生産性の向上を図らなければならない。
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