茅ヶ崎市出身の音楽家は桑田佳祐さん(サザンオールスターズ)だけではない。「海」のイメージを決定づけたのは加山雄三さんだ。父は往年の名優、上原謙で、海岸そばに邸宅を構え、多くの文化人が集う場所となっていた。歴史をさかのぼれば、作曲家の山田耕作、中村八大、歌手の尾崎紀世彦、作曲家の平尾昌晃、加瀬邦彦、最近ではBE FIRSTのSOTAさん、SuchmosのYONCEさんなどそうそうたる音楽家を輩出してきた。なぜか。同じく茅ヶ崎出身の音楽評論家、宮治淳一さんは著書「茅ヶ崎音楽物語」の中で、かつて米軍基地「キャンプ茅ヶ崎」があったこと、そして加山さんが戦後初の本格的なシンガーソングライター兼俳優として、音楽シーンをけん引したことを理由に挙げている。「FEN(極東米軍放送、現AFN)を聴いて育ちますよね。そのあたりから音楽の素養が培われたのでは」と、茅ヶ崎市観光協会の新谷雅之事務局長はいう。
実はJR茅ヶ崎駅でサザンの「希望の轍(わだち)」を発車メロディに採用するに当たっては、市民の間に少なからず反対意見があったという。25万人が住む東京近郊のベッドタウンで、古くから住む住民もいれば、新しく移ってきた人たちも多く、市民は一枚岩にはなりにくい。ただ、加山さんの功績に対しては「多くの世代が支持し、不思議と反論は聞かない」(若手経営者)という。
そこで、JR茅ヶ崎駅の相模線ホームの発車メロディとして、2021年9月から翌年3月までの半年間の期間限定で加山さんの「海その愛」が採用された。加山さんが弾厚作のペンネームで作曲し、岩谷時子作詞で1976年に発表した、海の雄大さを感じさせる歌だ。相模線100周年(2021年)と、加山さんの芸能生活60周年(2020年)を記念し、茅ヶ崎商工会議所青年部が企画したもので、実現を期待する6千筆以上の署名が集まった。並行して、「コロナ禍の茅ヶ崎市民を応援したい」という加山さん側の発案で、AI技術を使って加山さんのデジタル音声を作成、市内の各施設で流す取り組みも行われた。
かつて加山さんも住んだ邸宅のあった通りは「雄三通り」に名前が変更され、中間点の交差点には、湘南七宝焼きで作成したモニュメントが2021年4月に設置された=写真。茅ヶ崎商工会議所では、加山さんの銅像を建立すべくクラウドファンディングを実施し、全国から約1500万円を集めた。7月に除幕式が行われる。
茅ヶ崎市観光協会では街を「音楽の都」としてPRし、「サウンドミュージアム」を建設する計画を温める。「海以外に目立った名所旧跡がない街。出身である音楽家をまとめて紹介できるような施設が理想です」と新谷事務局長。今年はサザン45周年。実現すれば2013年以来、10年ぶりとなる「凱旋ライブを実施してほしい」との夢も膨らむ。
※元産経新聞経済部記者、昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。「乗り鉄」から鉄道研究家への道を目指している。著書に「釣りキチ三平の夢 矢口高雄外伝」(世界文化社)など。