JR杵築駅(大分県杵築市)の発車メロディ「おかえりの唄」は、南こうせつさんが2019年に発表した曲がベースになっている。星野哲郎さんが50年以上も前に遺した詞を再発見した南さんが改めて作曲し、アルバムに収めた歌だ。この歌に、地元のケーブルテレビ局(CATV)が杵築市を紹介する映像を制作、5分ほどの映像は、110人を超す市民が、画面の向こうの誰かに「おかえり」を語り掛けている。この映像はコロナ禍で多くの共感を呼び、CATV対象のコンテストで準グランプリを取るほど高い評価を得た。
南さんに経緯と思いを聞いた。
「映像には僕も駅長役でちらっと出演しています。皆さんの表情がいいでしょう? 杵築という小さな街で、笑顔でこうやってあいさつをしてくれる。演出なし、そのまんま今を生きている自然体。その表情を見て僕自身もほっとする。『それでいいんだよ』『そのままでいいんだよ』というメッセージです。自分が死んであの世へ行き、魂の故郷に帰ったら、来世の人たちがああいうふうに『おかえりー』って迎えてくれるような気もしますね」。
大分県出身の南さんは、故郷に隣接する杵築市に40年以上も住んでいる。だがこれまでは「国東半島在住」というだけで、積極的に公表してこなかった。「住む場所にビジネスを持ち込みたくなかった。でも僕も70歳を超え、デビュー50周年を超えた。そんなときに、お話を頂いて。僕の歌で喜んでいただけるなら、もういいかなってOKしました」。
小さな街の日常を歌う「おかえりの唄」は、なぜ長くお蔵入りしていたのだろうか。
「星野さんがその昔、食事会の後に『これ、どうかな』と原稿用紙に書いた詞を渡して下さった。ただ当時は1970年代の半ばでフォークブーム全盛、メッセージ性の高い歌が主流だったので『時代に合わない』と感じて、しまいこんだままになっていました。それが数年前、家の中を整理していた際にひょっこり出てきた。改めて読み返してみると、詞が本当に何か胸に染みたんですね。デビュー50年、70歳を機に今こそ歌いたいという気になった。星野先生が『読めよ』って本棚からポロンと落としてくれたと思っています。気が付けば40年もこの街に住んでいて、それも運命かなあ、と思いました(笑)」。
全国には、目玉の観光資源を作ろうと躍起になっている地方都市も多い。でも南さんの視線は違う方を向く。「増やすことが正義なのかな? 人口が減るから困るっていうけど、1人あたりの緑の面積が増えると思えばよいのではないかな。経済の成長をアイデンティティの中心に据えなくてもいい。『そのまんまでいいんだよ』と僕は思うんです」。
当たり前の日常を大事にし、背伸びしなくていい。大事なのはそのことだと、「おかえりの唄」は伝えている。
※元産経新聞経済部記者、メディア・コンサルタント、大学研究員。「乗り鉄」から鉄道研究家への道を目指している。著書に「釣りキチ三平の夢 矢口高雄外伝」(世界文化社)など。
南こうせつ さん