【2024新春特別インタビュー】日本旅館協会 会長 大西雅之氏に聞く


日本旅館協会 会長 大西雅之氏

夢のある業界へ、会員とともにまい進

 ――2023年の宿泊業界を振り返ると。

 コロナ禍で苦しみながらも、常に意識していた「アフターコロナ」時代に突入した1年間だった。

 1年前にこのトップインタビューをお受けした際、私は「23年末には”もうコロナは終わった”と言えるように全力を尽くしたい」と申し上げたが、その終わりは思っていたよりも早くに訪れたように思う。

 昨年5月にずっと要望してきた、「新型コロナウイルス感染症5類への引き下げ」に皆で歓喜したことを覚えている。20年1月に国内で最初の感染者が確認されてから3年4カ月、やっと有事から平時の状態に戻ることができた。今から思うと、これがコロナとの決別であったと、長かったような、あっという間だったような、不思議な気持ちだ。

 この数年間は一体何だったのだろうという気持ちにもなったが、忘れてならないのは、コロナの痕跡が大きな傷痕としてしっかり残っているということだ。

 会員施設を対象に行った財務状況に関する調査の結果から、22年度の1施設当たりの平均純資産額は3100万円と、19年度の2億3700万円と比べて8割以上減少している。さらにコロナ禍の3年間で自己資本比率は17.7%から2.1%まで減少し、債務超過を抱える会員施設の割合も41.5%に上っている。

 業界として大きな課題は、業態や地域によって大きな格差が生じていることだ。修学旅行以外の団体旅行はまだまだ戻りが遅く、インバウンドは全体数として復活したが、全国の会員施設の中には地方の温泉地など大消費地から遠方にあり、こうした旅行需要回復の恩恵にあずかれないところも多々ある。

 さらに人手不足の問題も解消されないままだ。

 報道等でよく耳にするような「宿泊業界は”すっかり元通り”になった」わけではない。3年間で失ったものを取り戻すには、まだまだ時間が必要だ。

 ――23年の協会は。

 まず何といっても一番の成果は、9月の仙台市秋保温泉で「宿泊業界における観光と金融に関する全国懇談会」を開催できたことだ。各般にわたる皆さまからのご支援ご協力により実現したこの懇談会は、菅義偉前首相や観光庁長官、中小企業庁長官、金融庁監督局長、復興庁統括官をはじめ関係省庁の皆さま、東北地方を中心とした金融機関、自治体の皆さま、そしてわれわれ宿泊事業者を含めて300人以上の方にご参加いただき、大盛会となった。

 われわれからは宿泊業の現状を説明した上で、経営の安定化を図るための息の長い金融面での支援をお願いし、持続可能な形での観光立国の実現に向けて、それぞれの立場から取り組んでいくことを宣言した。

 金融機関と宿泊事業者が手を取り合いながら地域経済の活性化に着手し、官民一体となって取り組むことの重要性を再認識した。

 また人手不足については、協会の労務委員会が中心となって、宿泊業技能試験センターと協力しながら検討を進めている。

 外国人材の採用を目的に7月には全旅連、日本ホテル協会、全日本ホテル連盟の共催を得て、宿泊施設と送り出し機関、登録支援機関、監理団体のマッチング会を開催した。有為なインド人材を宿泊業に迎え入れることを目指して、現地送り出し機関や国内の登録支援機関、監理団体と交流し、就労機会を創出するための機会として開催したこのマッチング会には41人の宿泊事業者と、インドのほかにも多くの海外拠点を持つ28社の人材事業者が参加し、こちらも盛会となった。

 今後もこのようなマッチング会を複数回開催しながら、宿泊業での外国人材の採用を進めていく予定だ。次回は1月に北海道と九州で開催予定となっている。

 さらに特定技能分野の国内外の試験機会の拡大についても検討しており、23年度は既にインドネシアで海外試験を実施した。今後は年度内にフィリピン、ネパール、インドでの実施を予定している。

 国内人材の確保については、タイミーと労務委員会がタッグを組んで取り組んでいる。宿泊施設でサービスを提供する際には、日本人の働き手が必ず必要になる。宿泊業界の深刻な人手不足を解消するためには多くの窓口を持つことが重要と捉え、さまざまな切り口を検討してきたところだ。

 このほか23年度の二大事業として、丸紅と政策委員会が検討している「ふるさtoらべる」、商工組合中央金庫と連携したセミナーの開催をはじめ、各委員会でも多岐にわたる事業に取り組んできた。

 23年の協会の活動は、アフターコロナの名にふさわしく、「業界をもっと良くしていこう」という前向きなものが中心だった。

 ――24年の宿泊業界の展望を。

 25年の大阪・関西万博に向け、インバウンドはさらに増加すると思うが、ここで課題となるのがオーバーツーリズム。政府も対策を打ち出しているところだが、さらに都市部に集中しているインバウンドを地方部に分散させる方策が必要だ。24年の大きな課題になることと思う。

 昨年12月には改正旅館業法が施行された。これによりわれわれは、いわゆる迷惑客といわれるような、不当な要求を繰り返すクレーマーの宿泊をお断りできるようになる。サービス業の中でも、お客さまを容易に断れないような縛りがあるのは宿泊業のみで、特にこのコロナ禍では悪質なクレーマーに目をつけられてしまうようなケースも見られていた。このたびの改正は、宿泊業界の地位向上への一助になる。

 一方で、この改正により差別を助長するようなことは、絶対にあってはならない。改正内容を正しく理解していただくために、会員の皆さまにしっかり周知を行う。

 金融問題についても、過剰債務問題は深刻だ。コロナで抱えた過大な負債を返済するための仕組みづくりの年にしなければならない。

 ――このほか協会が重点的に取り組む事項について。

 昨年に引き続き、委員会を中心に各事業を進める。先ほど二大事業と申し上げた丸紅のふるさtoらべるに加えて、当協会のEC戦略・デジタル化推進委員会が進める事前決済型のふるさと納税システムを推進する。

 未来ビジョン委員会では、宿泊業を「夢のある産業」として若者や外国人材の就労先に選ばれる存在にするために、労働環境の問題を解決するための指針を策定している。

 「持続可能」の意味を今一度認識し、お客さまからも働き手からも選ばれ続ける業界になっていく必要がある。国連が掲げるSDGsのゴールは30年に達成することとされているので、宿泊業界としてのゴールを定め、そこに向かって進んでいかなければならない。

 われわれが目指すべき姿を、未来ビジョンとロードマップの形で、今年の総会で明確化する予定だ。

 また国会議員の先生や関係省庁に対する陳情活動にも引き続き注力する。主に金融問題について、宿泊業界の厳しい現状を粘り強く伝える必要がある。

 全体を通じて、コロナ禍での悲痛な経験が風化されないうちに、次に大きな災害が起きた時の備えをしていくための1年間にしていきたい。

 ――弊紙読者の旅館・ホテル経営者に一言。

 コロナ禍において旅行は「悪」として目の敵にされ、われわれは大変苦しい中をどうにか耐え抜いてきた。

 訪れた人に癒やしと感動を与える宿泊業に夢がないはずがない。アフターコロナ時代に突入した今こそ、宿泊業の地位を向上させ、国内外の全ての方々にわれわれ宿泊業界の魅力を認識してもらう絶好の機会だ。

 各地域には、まだまだ知られていない素晴らしい観光スポットや郷土料理がたくさんある。ぜひとも地域を挙げてアピールすべき観光資源を再認識し、またさらなる魅力を発掘していただければと思う。

 夢のある業界に向かって、一緒にまい進していただくことを切にお願いしたい。

日本旅館協会 会長 大西雅之氏

 

 

 
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