ユネスコ登録と地熱対策 創立100年へ温泉を次代に
――(聞き手・向野悟)2018年度に会長に就任し、現在3期目になる。協会活動の状況は。
コロナが落ち着き、リアルな会議で丁々発止の議論ができるようになるとともに、協会の事業も正常化し、いろいろと動けるようになった。会員総会は20年度、21年度と書面やオンラインでの開催だったが、22年度には箱根湯本温泉(神奈川県)で、23年度には湯原温泉(岡山県)で開催できた。23年11月にはコロナ禍で休止が続いていた「旅と温泉展」を東京・渋谷で開催し、全国の温泉地や温泉宿泊施設をPRした。「温泉検定」はコロナ下でも感染対策を講じて継続し、第5回の試験を24年3月に実施する予定だ。海外の温泉関係団体との交流も復活し、10月には韓国、11月には台湾の温泉振興に関するイベントに参加した。インバウンドを含めて観光需要が戻ってきているが、温泉事業者はコロナ禍で大きなダメージを受けた。また、人手不足や後継者問題などを抱えている。次世代に温泉を受け継いでいけるよう事業、活動を充実させていきたい。
――「温泉文化」のユネスコ無形文化遺産登録に向けた活動の状況は。
当協会では19年度の会員総会において、群馬県・法師温泉長寿館の館主で、当時、群馬県温泉協会の会長だった岡村興太郎氏(現・日本温泉協会代表理事常務副会長)が会員提出議題として、協会の事業として登録を目指す議案を上程し、全会一致で決議された。その後、コロナ禍で活動がままならない状態だったが、全国温泉振興議員連盟や群馬県のご支援のもと、22年11月に「温泉文化」ユネスコ無形文化遺産登録推進議員連盟と、「温泉文化」ユネスコ無形文化遺産登録を応援する知事の会が発足し、活動が一気に活発になってきた。関係の皆さまと連携して活動を強化したい。
――「温泉文化」の登録の見通しや課題は。
当協会では群馬県の協力のもと、温泉に関係する専門家や有識者で構成する温泉文化有識者検討会を立ち上げ、「温泉文化」の定義などを議論した。座長には元文化庁長官の青柳正規氏に就いていただいた。23年7月の中間取りまとめでは、「温泉文化」を「自然の恵みである温泉を通して、心と体を癒やす、日本国民全体の幅広い生活文化」と定義づけた。20年12月に無形文化遺産に登録された「フィンランド式サウナの伝統」の取り組みを参考に、国連教育科学文化機関(ユネスコ)への提案を準備することが提言されている。
課題は、推進態勢の強化と国民の機運醸成だ。民間の推進組織としては、全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会、日本旅館協会と、当協会が中心となって全国推進協議会を発足させている。これで政、官、学、民の各界が連携できる体制が整ったが、温泉・観光関連の団体や企業をはじめ幅広く参画を呼び掛け、会員増強に努めていく必要がある。登録の機運醸成では、国民の皆さまの賛同が得られるよう、関連団体にも協力してもらって署名活動を展開している。群馬県ではすでに1万筆を超える署名を集めており、全国的な呼び掛けを強化していく。「温泉文化」をユネスコに提案してもらえるよう、国内候補への選出を政府に働き掛けていきたい。
――近年、地熱発電開発の影響とみられる温泉の減衰や減温が一部の温泉事業者から報告されている。温泉資源の保護に関する取り組みは。
地熱発電と温泉入浴は同様の熱源をもとに事業を行っている。大規模、大深度の開発による温泉への影響が全くないとは考えられない。しかし、CO2排出量の削減など地球環境の問題は避けて通ることができない。当協会としても国策として推進される地熱開発に「反対のための反対」をするものではないが、特に大規模な地熱発電開発には慎重な対応を求め、次の条件を満たすよう提案している。(1)行政や温泉事業者など地元の合意(2)客観性が担保された相互の情報公開と第三者機関の創設(3)過剰採取防止の規制(4)継続的かつ広範囲にわたる環境モニタリングの徹底(5)被害を受けた温泉と温泉地の回復作業の明文化。この5点を条件とするよう関係省庁や関係機関に要望している。
地熱発電の開発事業者は温泉入浴施設に影響が出たことはないと言うが、当協会には、減温や減衰を報告してきている事業者がいる。温泉を守ってきた施設が営業を継続できなくなる事態は容認できない。地下構造の把握には不確実な部分も多い。科学的なデータが不足し、温泉入浴施設が減温や減衰の要因を証明するのは難しいが、温泉モニタリングを普及させ、不測の事態には開発側に補償を求めることができるようにしたい。
――日本温泉協会として今後注力したい事業は。
当協会は、5年後の2029年12月に創立100周年を迎える。次の100年に向けて、温泉入浴と地熱発電との適切なすみ分けを図りつつ、温泉資源、温泉文化を守り、世界に発信する取り組みを事業の柱にしたい。また、温泉にかかわる新たな課題にも対応していく。例えば、温泉入浴におけるLGBTQの問題だ。LGBT理解増進法の施行に伴い、厚生労働省からは、大浴場などでは受け付け時に「身体的な特徴をもって判断する」よう通知が出されているが、温泉入浴施設が現場でのトラブルや混乱を回避するには、指針などを検討する必要も出てきている。
――最後に、会員、関係機関に向けたメッセージを。
残念ながらコロナ禍で多くの温泉事業者が休業、廃業に追い込まれた。当協会の会員数も減少している。しかし、観光が日本の基幹産業であるならば、温泉事業者も復興するはずだ。温泉入浴施設の人手不足の解消や後継者の確保にも対策を講じなければならない。温泉に関わる事業者や学術関係者の地位向上、育成確保も欠かせない。「温泉文化」のユネスコ無形文化遺産への登録もこれらの一助になると考えている。会員の皆さまと共に、今後も協会が一丸となって事業を推進したい。観光関連団体や自治体、関係省庁の皆さまにも引き続きご支援をお願いしたい。
日本温泉協会 会長 笹本森雄氏