来年開館10周年を迎える愛媛県東温市の坊っちゃん劇場は「奇跡の劇場」と呼ばれている。劇場の運営は厳しいと言われる地方で、現在上演中の作品は観客動員数8万人を超える勢いだ。四国や瀬戸内の歴史、文化や偉人をテーマにオリジナルミュージカルを上演し、芸術と観光による地域活性化を目指している。今後は着地型観光プログラムとして県外への発信も強化していく。
同劇場は2006年のオープン以来、小説「坊っちゃん」や坂本龍馬、正岡子規など地域の素材を生かした題材を一貫して上演することを特徴としている。完成度の高さにも定評があり、役者は宝塚や劇団四季などの出身者がそろう。また日露戦争時の松山捕虜収容所を舞台にしたロシア人捕虜と日本赤十字社の看護師の国境を越えた愛を描いた作品は、ロシア公演も行い大きな話題になった。
客席は452席、ステージから客席までの距離は約22メートルと近く、生声が届くほど臨場感ある劇場で、日本で唯一オリジナルミュージカルを1年間上演する常設劇場。作品は毎年変わり、役者も作品ごとにオーディションを行っている。
現在上演中の瀬戸内海の海賊を描いた「鶴姫伝説〜瀬戸内のジャンヌダルク」は2009年に上演された作品の再演で、中村時広知事が「一番好きな作品」と太鼓判を押す人気作。昨年11月から今年8月までの公演予定が、来年1月4日まで延長公演することが決まっている。
仕掛けたのは松山市の総合食品メーカー、ビージョイグループ。地域に何か恩返しをすることはないかと考えていた宮内政三代表が、秋田県に本拠地を置く劇団「わらび座」と共同で設立した。
劇場のテーマは「子どもたちの情操教育」と劇場を運営するジョイ・アートの越智陽一代表は語る。「子どもたちに地域の歴史や文化を引き継いでいくことを1番に考えている。2番目が地域の文化振興。地域の方や観光客に地域の良さを理解してもらい、子どもたちが自分たちの地域に誇りを持ってもらうことで、長い目で見た地域活性化につなげていきたい」。
来年は10周年の節目を迎えるにあたり、原点回帰を目指して四国をテーマにした「お遍路さん」の物語を上演する。同作は初めて四国を巡回公演することも決まっている。「県外ではまだ知られていないのでハードルが高いが、出て行くのが一番のアピールになる」(越智代表)。
県も坊っちゃん劇場を地域文化の発信地として注目する。道後温泉から車で30分、松山空港からは50分の立地を生かし、着地型プログラムとして売り出して行きたい考えだ。
県経済労働部佐伯登志男観光交流局長は「道後温泉の宿泊と組み合わせるとちょうどいい半日のオプショナル観光プログラムになる。地域の文化を理解してもらえ、毎年演目が変わるので旅行コンテンツに向いている。ソウルには観光客が足を運ぶ劇場があり人気だ。坊っちゃん劇場も世界に誇れる劇場なので『松山に来たら坊っちゃん劇場』と言われるようアピールしていきたい」と語る。
ANAセールも同劇場と連携して愛媛の地域創生を後押しする。東京、名古屋、大阪発の観劇プランや元NHKアナウンサー松平定知氏の歴史講演会をセットにした特別プランを販売し、県外からの送客に協力した。
越智代表は将来の夢を、「学校観劇を支援するサポートシステムを使って昨年は2万4千人が観劇した。毎年2万6千〜7千人が観劇できるようになると愛媛の小学校4年生から高校を卒業するまでに2回観劇ができる。地域に埋もれている宝を舞台で表現していくことで、子どもたちに文化を引き継ぎ、地域活性化に貢献していきたい」と語る。
「鶴姫伝説」のワンシーン