旅館経営者が講演、「IT」「入湯税」テーマに


 観光産業の将来を見据える旅館の経営者2人が、ITの活用による経営改善、温泉まちづくりの財源確保、それぞれのテーマで語った。日本旅館協会が2月19日に東京都内で開いた経営セミナーでの講演。旅館業、観光地域の多くが直面している課題への取り組みを基に、新たな切り口で活性化へのヒントを提供した。

ITの活用で経営改善 元湯陣屋・宮﨑氏
顧客情報、経営指標を共有

 「ITを活用したおもてなしの向上」と題して講演したのは、元湯陣屋(神奈川・鶴巻温泉)の社長、宮郫富夫氏。自動車メーカーのエンジニアだったが、父の他界などで4年前に急きょ旅館を引き継ぐことに。ITを活用した業務改善に取り組み、経営危機を乗り切った経験を基に語った。

 元湯陣屋は大正7年の創業で、客室が20室、庭園が約1万坪。売り上げの構成比は半分が宿泊で、残りが日帰りとブライダル。従業員は正社員が30人、パートが50人。引き継いだ当時は、リーマン・ショック後で売り上げが低迷、大幅な赤字が続いていたという。

 「旅館存続の危機にあり、短期間で売り上げアップと経費削減が求められていた」。しかし、売り上げアップを図るにも、顧客情報は前女将の「頭の中」、営業情報は担当者の「手帳の中」。経費を削減するにも、料理は調理場任せで原価管理が不十分、人件費は月末まで分からない状態だった。

 経営改善に向けて打ち出した方針は、(1)情報の見える化(情報共有)(2)PDCA(計画、実行、評価、改善)の高速化(月次管理から日次管理へ)(3)情報の活用(顧客履歴などをおもてなしや営業に生かす)(4)業務の効率化(客とのコミュニケーションを増やす)。

 限られた投資で方針を具体化するには自社に適したシステムが必要として、エンジニア1人を採用し、予約・顧客情報、売り上げ分析、原価管理などすべての業務を一元管理するクラウドプラットフォームを利用した「陣屋コネクト」を独自に開発。従業員がパソコン、スマートフォンなどを使って情報を入力、閲覧できるようになった。

 おもてなし向上に関しては、台帳やホワイトボードに記載していた予約・顧客情報をシステムを通じて共有できるようになり、「お客さまカルテから先読みし、細やかで積極的なおもてなしが可能になった」。営業情報を含めて、「社内SNS(掲示板)を活用することで、部門を越えた情報共有も進んだ」。

 経費削減の一例では料理に関する仕入れや販売のデータを入力して管理し、商品別に算出した原価率の目標値と、実績値を比較した。目標値との差を「ロス」と位置付け「原価率を下げろとは言わずに、ロスを減らそうと言って取り組んだ」。

 システム稼働の成果を含めた4年間の変化として、売り上げで60%増、人件費率で14%減、料理原価率で10%減を実現した。「経営指標の情報を共有できるようになり、スタッフのコスト意識や危機意識が向上した」。

 当初は、従業員の間にシステムを利用することへの抵抗感もあったが、「勤怠管理などログインしないと仕事にならない環境にした。最初は苦労していた70歳のパートさんも今では普通に使っている」。

 他の旅館の経営手法を学び、システムをともに進化させようと、2012年4月に別会社を設立し、陣屋コネクトのライセンス販売を開始。現在、全国の旅館・ホテルなど70施設が導入している。

入湯税を地域づくりに 由布院玉の湯・桑野氏
活用のあり方、議論喚起へ

 「入湯税の活用による温泉地のまちづくり」と題し、由布院玉の湯(大分・由布院温泉)の社長、桑野和泉氏が講演。自身が委員長を務める日本旅館協会・女性経営者委員会、由布院温泉が参加する「温泉まちづくり研究会」(事務局・公益財団法人日本交通公社)での検討を踏まえて提言した。

 「地域に魅力がないと、旅館経営は持続しない。自治体が行財政改革で観光予算の見直しを進める中、地域を挙げてまちづくりに取り組むには、安定的な財源が必要」として、温泉の入湯客から集める入湯税に着目し、地域の実態に見合った活用策を検討するように呼びかけた。

 入湯税は目的税で市町村の税収。その使途は(1)環境衛生施設の整備(2)鉱泉源の保護管理施設の整備(3)消防施設などの整備(4)観光の振興—にかかる費用と定められているが、観光以外の施設整備に多く配分されていることも多く、温泉旅館などには「観光振興に還元されていない」との不満もある。

 「行政との財源の取り合いではない。お客さまからお預かりしている入湯税は、お客さまに満足してもらえる温泉地づくりに使うべきではないかということ。入湯税について考えることは、温泉地の観光関係者の使命だ」

 由布院温泉では、地域を挙げた旅行者の満足度向上や滞在時間の拡大をはじめ、自然環境や住民生活との共存などまちづくりの課題を抱える。隣接するエリアの黒川温泉(熊本県)との連携、豪華列車「ななつ星in九州」の運行に伴うオール九州での広域連携なども重要度を増している。

 「観光協会などが仕事をするには、予算も、人も必要。特に人を育てるプラットフォームがないと地域は持続せず疲弊してしまう。入湯税を観光振興に使えれば、何でもいいというわけではない。地域それぞれの未来像に応じて目的を明確にして活用のあり方を考えるべき」

 各地の事例にも注目する。入湯税の決められた一定割合を観光協会や旅館組合に還元している自治体、入湯税をかさ上げして新たな増収部分をまちづくりに活用することを検討している自治体などがある。「それぞれの地域が議論し、情報を共有することで温泉まちづくりの現場が変わる」。

 
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