観光立国の実現を支える大学での人材育成はどうあるべきか。近年、大学に観光関係学部・学科の開設が相次いでいるが、観光系大学が輩出する人材が、観光産業界の本来のニーズと合致していないとの指摘もある。観光産業の国際競争の激化などを踏まえ、観光関係企業のマネジメント分野を担う人材の育成、確保が急務。観光庁では、マネジメント層の育成をテーマに、産学官の連携によるワーキンググループ(WG)を設置し、カリキュラムのモデルづくりなどについて検討をスタートさせた。
観光庁は11日、昨年1月に設置した「観光関係人材育成のための産学官連携検討会議」の下に、カリキュラムWGを新設した。観光系大学の関係者、観光事業者を委員に、観光団体、文部科学省、経済産業省からオブザーバーを迎えて初会合を開いた(委員名簿は別掲)。
WG設置の背景には、観光系大学の教育内容が、過去の就職実績や企業の採用担当者の意見から考えて、企業経営を支える管理職以上のマネジメント層を輩出することには重点が置かれておらず、観光関係企業の経営を担う人材の育成、確保につながっていないのではないかという問題意識がある。
08年度の観光学部・学科の設置数は、37大学40学科に上る。入学定員では3900人となり、5年前から約2千人増加した。ただ、国土交通省の調査によると、卒業生のうち、観光関係の企業・団体に進むのは約4人に1人。33大学を対象に04〜06年度の卒業生4216人の進路を集計した結果、観光・運輸関係分野への就職は約23%だった。
WGの初会合で委員の1人、JTBの井本博幸・常務取締役総務部長は「観光系大学の学生だから来てもらうというのではなく、一般教養をきちんと身に付けた、ポテンシャルの高い人材を選ぶというのが企業としての基本的な採用の考え方だろう。観光系大学の学生なら、その上で企業や地域をマネジメントできる高度な専門性が必要だ」と指摘した。
進路の実績以上に、産業界が観光系大学の学生に求めている資質に課題がうかがえる。観光関係38社へのアンケート結果(国交省05年調査)によると、採用で特に重視する点は、大学生全般では、「管理職・リーダーとしての素質、適性」「どの部門にも対応できる基礎能力」が上位なのに対し、観光系の大学生では、この2項目を挙げる企業が大幅に減り、「接客・運行等の現場の専門職としての基礎能力」がトップに変わる。産業界の観光系大学の学生に対する評価やイメージの結果なのか、さらに検証が必要になっている。
ホテル経営などにかかわるジョーンズラングラサールの沢柳知彦マネージングディレクターは「調査結果では、企業が観光系大学に求める人材は、専門学校に対するものと変わりがない。企業の今のニーズだけを捉えてカリキュラムを考えたら間違うことになる」と指摘し、産業界が学生に求める資質を明確にし、その上で大学の教育内容を検討するようWGの進め方に注文を付けた。
資質の明確化 年度内に提言
観光系大学には、学問や研究の領域から人文・社会学科に重点を置く大学、産業従事者育成に向けてホスピタリティ系科目に重点を置く大学、マネジメント層の育成を目指して経営系科目に重点を置く大学など、個々に人材育成の方針があるが、大学側からも現状の課題が示された。
和歌山大学の小畑力人副学長・観光学部教授は「カリキュラムは一定の成果を上げているが、観光から離れた経営学などの部分と、観光産業に即した実学の部分との整理に課題がある。産業界の教育プログラムや海外の進んだ教育手法も取り入れる必要がある」。
立命館アジア太平洋大学の轟博志アジア太平洋学部准教授は「観光系大学は、輩出できる人材像の十分な情報を産業界に提供できていなかった。専攻テーマごとに人材像を示し、標準カリキュムラムを作成するのも1つの案だ」と提案した。
WGでは、マネジメント分野を担う人材に必要な資質の明確化、モデル的な教育カリキュラムの作成などを産学官の関係者で検討し、今年度内に具体的提言をまとめることにした。来年度以降は実践的なモデル事業などにも着手したい考えだ。
観光庁観光資源課の水嶋智課長は「大学の高等教育と、産業界の受け入れとを一貫して議論しなければ、観光産業が真に付加価値の高い産業、あるいは社会的地位の高い産業には成長できないのではないか。観光立国の実現に必要な人材育成について徹底的に議論する場としたい」と語った。
WGでは、大学新卒者だけでなく、すでに観光産業に従事している社会人の再教育についても、地方の大学と企業の連携強化などを検討していく予定だ。
◎観光庁・観光関係人材育成のための産学官連携検討会議カリキュラムワーキンググループ委員
=敬称略
上地恵龍(琉球大学観光産業科学部観光科学科教授)、小畑力人(和歌山大学副学長・観光学部教授)、篠原淳(山口大学経済学部教授)、轟博志(立命館アジア太平洋大学アジア太平洋学部准教授・ツーリズム&ホスピタリティインスティテュート教務主任)、中村清(早稲田大学国際教養学部教授)、井本博幸(JTB常務取締役総務部長)、小原健史(和多屋別荘代表取締役)、佐藤信幸(日本の宿古窯代表取締役社長)、沢柳知彦(ジョーンズラングラサール・マネージングディレクター)、東良和(沖縄ツーリスト代表取締役社長)、森谷一彦(帝国ホテル取締役人事部長)
WGの第1回会合(11日)