常に会員と共に、課題に真摯に向き合う
日本旅館協会の2024年度通常総会が6月6日、東京のホテルインターコンチネンタル東京ベイで開かれる。大西雅之会長(北海道・あかん遊久の里鶴雅)に昨年度の回顧、今後の方針を聞いた。(聞き手=本社・森田淳)
――宿泊業界の現状をどう捉えるか。
コロナ前から抱えていた課題が何倍にもなって降り注いできているような印象だ。コロナ中は先が見えない非常に不安な状況だったから、とにかく一刻も早く人流を増やすこと、運転資金が滞らないようにすることに重点を置いて活動を重ねてきた。
コロナで離れてしまったお客さまはこの1年で随分戻ってきていただいたが、従業員はそうはいかなかった。
行動制限により、旅行を「悪」とする風潮が生まれ、業界のもろさが露呈してしまったように思う。人手が集まらなければ、当然、今いる従業員とどうにか運営していくしかなく、就労環境の改善がなかなかできない。そんな負のループを繰り返している状況にある。
また、コロナで傷ついた経営を改善するために、単価アップを図っているわけだが、インバウンドのお客さまには抵抗感が少なくても、日本のお客さまは実質賃金が目減りしている中、価値に見合わない値上げと非常に厳しいご指摘もいただいている。現状はまだまだ日本のお客さまが平均で8割を占めているから、適正料金のあり方について慎重に検討していく必要がある。
負債についても、旅館・ホテルは装置産業だから、もともと借入金の多い業界だったが、言うまでもなくコロナ禍によりさらなる借り入れを余儀なくされた。当協会が実施している「営業状況等統計調査」の令和5年度調査では、経常利益がマイナスである赤字旅館は借入金の償却が不可能であり、4割の会員が債務超過に陥っていたので、短期間のキャッシュフローの好転だけでは正常化されない。息の長い取り組みが必要だ。業界としても、この点をしっかりと国や国会議員にお伝えし、政策に反映していただくよう活動する。
水道光熱費、人件費、材料費の高騰も、とどまるところを知らない。このような苦しい状況を脱するために必要なことは、やはり「宿泊単価の適正化」だ。
高付加価値化を図りながら、旅館・ホテルの持つ価値をアピールして、お客さまにも理解をしていただく必要がある。昨年度は、商工中金と業務提携をさせていただき、全国の支部連合会で17回のセミナーを開催した。
ポストコロナに向けて、自社の経営状況を詳細に分析し、戦略的にマネジメントする管理会計を中心に研修するものだが、大変好評で、今年はさらに踏み込んだセミナーにしていきたいと考えている。
「お客さまは神様」という言葉が、サービス業のこれまでの状況をよく表していると思う。昨年末に旅館業法が改正され、不当な要求を繰り返す、いわゆる迷惑客の宿泊を拒否できるようになった。これを契機に、業界の地位を向上させ、その価値にふさわしい料金設定をしていく必要があると痛感している。
――2023年度の協会事業の回顧、四つの委員会活動の成果について。
政策委員会では、多くの課題に対応した。旅館業法の改正においては、改正の内容を会員施設に周知するとともに、障害者差別解消法の観点から、その改正により不当な宿泊拒否を行うことは絶対にあってはならないと強調した。
さらにLGBT理解増進法の施行を受けて、大浴場の利用に関するルールの策定と周知についても検討を重ねた。厚生労働省の見解に基づいて、大浴場などの利用は「外見上の性」によって区別することを明記した掲示物を作成している。
労務委員会は、外国人材の採用に重点を置いて活動した。他の宿泊3団体、宿泊業技能試験センターと協力しながら国内外で特定技能の試験を実施した。昨年6月には、特定技能2号の対象職種に宿泊分野が追加されたことは、われわれにとって大変うれしいニュースだった。
受け入れがなかなか進まない現状を鑑み、昨年度は宿泊4団体として「外国人材雇用に向けた宿泊事業者と人材事業者のマッチング会」を開催した。参加した送り出し、受け入れの両業者から高い評価をいただき、今後も継続したいと考えている。
EC戦略・デジタル化推進委員会は、主に事前決済型のふるさと納税と、「グループブッキング」について検討した。
事前決済型のふるさと納税には、OTA各社が次々と参入している現状にあり、「直販」という選択肢を含めることを目的に展開している。今年1月から本格稼働しており、今後、自治体との交渉を進めていこうというところだ。
中小の旅行業者からの団体予約に対し、客室を販売するシステム、グループブッキングについては、昨年末から運用が開始されている。ANTA(全国旅行業協会)会員へのスムーズな導入のために、シングルサインオン(ANTA―NETから直接グループブッキングにログインできる機能)を実装している。このため旅行業者の登録は250件にも上るが、一方で宿泊施設側の登録数が伸び悩んでいる。会員への周知に力を入れたい。
長年の課題である業界のクレジットカード手数料の低減化についても取り組んでいる。他業界では手数料を削減した事例があるが、われわれ宿泊業界は元のインターチェンジフィーが高いため、低減化がかなり難しい状況にあることが分かった。
今年の米国でのクレジットカード大手の決済手数料引き下げ合意や、昨年の日本での日本医師会会員の決済手数料引き下げ、今年の三井住友VISAカードの中小事業者向け決済手数料引き下げなどの動きを注視し、同じく手数料が高い飲食業界とともに、要望することを検討しているところだ。
最後の未来ビジョン委員会は、私が会長に就任した2年前、「夢のある宿泊業」の実現に向けた道筋をつけてほしいとお願いをしていた。
かなり難しい課題だったかと思うが、検討に検討を重ね、「リョカン(RYOKAN)を世界共通語に」というテーマを主軸に置き、われわれが達成すべき五つのゴールに関する提言を策定している。先の設問の際にも申し上げた通り、業界の価値向上に向けた内容となっている。
最終的な提言の内容については6月6日の通常総会で発表することになっているが、各会員施設がSDGsの考え方を取り入れた「目指すべき未来図」の作成を提案するなど、私自身も大変楽しみにしている。
――24年度の協会運営、事業について。
私は任期満了を迎え、総会後から新体制となる。四つの委員会について、新会長のもとで方向性が決められることになるが、引き継ぐべき事項はしっかりと継続する。
組織の新陳代謝を図ることは、持続化のためには必要不可欠と考える。新たな会長のもとで、協会にも新しい風が吹き、勢いが増していくことを願うばかりだ。
昨年、仙台市の秋保温泉で開催した「宿泊業界における観光と金融に関する全国懇談会」は、今年は9月に大分県由布市の由布院温泉で開催する予定だ。昨年の経験を生かし、金融問題中心から、よりサステナブルな地域づくりにもテーマを広げていきたい。昨年同様、多くの皆さまの参加を得て、有意義な会となるよう期待している。
――総会開催に当たり、会員にメッセージを。
協会にとっても、任期を迎える私にとっても、ポストコロナに向けた活動の集大成となる。コロナ禍に始まったこの2年間は、苦しみ抜いた一つ一つの出来事を振り返ると大変長かったと感じるとともに、あまりの変化の大きさに、あっという間に過ぎたとも感じている。
再び夢のある業界を取り戻すには、まず、今、宿泊業で働いている私たちが自信と誇りをもって働き、その姿を従業員やお客さまに見せること。そうすることで、業界の価値は上がっていくのではないか。
UNWTO(国連世界観光機関)駐日事務所の本保芳明代表から、われわれに力強いメッセージを頂いている。「観光ほど安定して成長してきた産業はほかにはない。08年のリーマンショックや、このたびのコロナ禍においても、停滞期は経験しても、短期間で立ち直り、成長軌道に戻る強靭(きょうじん)さこそ、観光産業の特色である」と。
能登半島地震など頻発する自然災害への対応、財務や人材などコロナ禍で傷んだ負の遺産の克服、地方創生によるオーバーツーリズムの解消など、われわれの業界には次から次へと重い課題がのしかかってくる。
しかし、これらに真摯(しんし)に向き合いながら、会員の皆さまと「常に共にある日本旅館協会」でありたいと念じている。
通常総会は、業界が一致団結して進んでいくための交流の場でもある。ぜひ、ご参加をいただければと思う。
日本旅館協会会長 大西雅之氏