「観光立国から観光先進国へ」国連世界観光機関(UNWTO)駐日事務所代表・観光庁初代長官 本保芳明氏が観光経済新聞社式典で講演


本保芳明氏が講演

大インバウンド時代 旅館“存続”へ変化期待 国際化、競争力の変化を

 観光経済新聞社が1月19日に東京都内で開催した2023年度「人気温泉旅館ホテル250選認定証授与式」で、観光庁初代長官で国連世界観光機関(UNWTO)駐日事務所代表の本保芳明氏が「観光立国から観光先進国へ」と題して講演した。講演の主な内容を紹介する。

◇   ◇

 まずは能登半島の地震で亡くなられた方、被災された方に心からお悔やみを申し上げる。併せて、現在、復旧復興に努められている観光業界の皆さまに感謝と敬意を表したい。

 昨今の世界情勢に目を向けると、特にアジアの経済成長や社会環境の変化はすさまじく、大きな観光圏になっている。航空路線をはじめとした交通網の整備がさらに進み、各国の熱心な取り組みも相まって今後も海外旅行が増えていくと思われる。新しい魅力的な旅行先や情報ネットワークが生まれ、既に欧州が経験したような爆発的な観光交流がアジアでも起こると確信している。その中で今後の日本はプラス・マイナス両面の影響を受けると考えている。

 プラス面は、言うまでもなくインバウンド需要の増加で大きな恩恵を受けること。日本は既に「観光大国」といってもよいほどに観光面で大きな存在感があり、観光庁の年度予算額も堅調に伸びている。人口減少が続く日本は国内だけで経済規模を拡大するのは難しく、今後もインバウンド需要に期待せざるを得ない状況にある。GDPに占める観光業の割合も現在の2%から今後拡大させていく必要があり、スペインの7%台やイタリアの6%台といった数値と比較すると、胸を張って「観光大国」と公言するにはせめて4%を目指さなければならない。

 二つ目のプラス面は、「長期滞在型旅行」が増えることだ。一つの宿泊先を拠点として周辺地域を観光する旅行形態のことで、近年訪日観光客に多く見られる。日本人の滞在型旅行も増えれば、繁閑差が緩和され宿泊事業者は安定した稼働率を維持できる。
一方で、懸念されるマイナスの要素は「旅館の存続」である。現在、国内宿泊者の約2割を占めるほどになった訪日旅行客のうち、旅館の利用率は非常に低く滞在日数も極めて短い。多くが敷居の低いホテルに流れているという状況だ。それではなぜ旅館の利用率が低迷しているのか。私は二つの要因があると考えている。

 一つは、旅館についての情報が全く足りておらず行き渡っていない点。日本人なら、どこに良い旅館があるか知っているかもしれないが、訪日旅行客には良い旅館にたどり着くのが難しく旅館は「未知の大陸」と言ってよい。一方で、名旅館のわびさびが理解できず、粗末な部屋に通されたと怒る外国人もいるというような話も聞く。旅館がどういうものなのか分からない人が多い中で、旅館文化を伝えていくのは難しいことである。

 もう一つの要因は「泊食一体」のシステムだ。日本人にとっては慣れた宿泊スタイルだが、多くの訪日旅行客にとっては初体験であろう。宿泊施設と食事をする場所は別物であり、これらは自由に選ぶものと考えていると受け止めた方がよいであろう。また宿泊施設での食事に選択肢が少ないことも問題だ。これでは訪日旅行客のニーズを満たすことはできない。

 これに対しては、「そうしたニーズに対応できるのは一部の大きな観光地であって、比較的小さな場所では難しい」という声があるであろう。だが「うちはこうだから我慢してね」では済まされない。工夫して新しいものを作っていかなければいけない。大インバウンド時代になればなるほど、これらが大きな課題になるのは明白であり、日本の貴重な宝である旅館がより大きな利益を得るためにさまざまな面で変化が起こることを期待している。

 大インバウンド時代の到来によって大きな課題となるのは国際化の要請である。「海外の人たちがいることが当たり前」という社会になっていかなければならない。ただし、国際化に当たって大きな不安材料になるものは多い。

 まず挙げられるのは、インバウンド需要に応えられる人材の不足だ。海外人材がマンパワーの大部分を占める社会の到来は避けられない。国に対応を求めるばかりでなく、観光ビジネスを担っているわれわれにもしっかりとした取り組みが求められる。具体的には、受け入れた海外人材に対して充実した研修を行い、活躍できるよう鍛える。現場の管理にも海外人材を起用し、意思疎通がよく取れる環境を整備する―などがあるだろう。これらを個々の企業だけでなく業界全体で取り組むことで問題解決は容易になる。実際にこうした取り組みの成功例があることも承知しているが、人材確保や環境整備は数年にわたるほどに時間を要するものなので、この取り組みをさらに加速していかなければ間に合わなくなる可能性がある。また、海外人材を活用するには彼らの文化を理解することも必要だ。次代の経営を担う日本の若い世代が海外留学し、日本文化との違いを体感することも同様に重要である。

 そして同じく懸念されるのは外資のさらなる進出だ。外資系企業が国内ホテルチェーンを買収していく未来は予想されていたが、近年この動きが活発化している。残念ながら、国際マーケットにおける外資系企業のマーケティングの強さは、日系企業とは全く比較にならない。最近は国内ホテルチェーンも海外のブランドホテルを参考にして富裕層向けに事業を展開しており、私も期待を寄せている。

 外資の進出でさらに心配なのが「日本人の国際化」が進まない点である。外資系企業のトップマネジメントである外国人と、その下で働く日本人の待遇格差は深刻で、これを是正するには日本人自身が競争力を持つしかない。先の海外留学の話の通り、やはり多くの日本人が海外経験を経て外資系のチェーンに入り、トップマネジメントに上り詰めていくことが求められる。

 経済的な格差は雇用の場だけでなく、国内観光地にも見られる。日本のGDPが世界第4位になるというニュースが話題だが、日本の1人当たりGDPはさらに低く、急成長を遂げるアジア主要国との差も大きく開いている。こうした経済格差がある中で大インバウンド時代が到来すると、国内の観光地で外国人高額消費者が主役で日本人は脇役という現象が起きる。私はこれを「冬のニセコ化現象」と呼んでいる。今まで経験しなかったようなことだが、既に冬のニセコで起きていることだ。今後も同じことが日本各地で起こることが予想される。どう受け止めて対応していくかが重要である。

 またそれだけでなく、アジアが大きな観光圏になることで競争が激化する未来についても触れておく。アジア圏からの訪日旅行客の実態を見ると、大都市に住む観光客は大都市に滞在するという傾向がある。こうした「都市観光」の傾向は、現時点では、魅力的な都市が多い日本にとって有利になるが、アジア各国でも都市化は進行しており、この優位性は次第に失われるとみるべきだ。そうなると、今後の日本は自然、文化、歴史といった新しい観光資源で差別化を図り、これらを磨き上げてブランド化していくことが重要となる。「文化大国」になれるような対策を講じて共に進むことが求められる。

 われわれは今以上に国際化をしていかなければならない。ビジネス面はもちろん、世界のお客さまを理解する「文化の理解」がなければ、長期視点に立った決断はできない。私が代表を務める国連世界観光機関駐日事務所は外国に対する一つの「窓」になっており、関係者の皆さまに対して情報提供等に努めている。観光業界の皆さまに引き続きのご理解とご協力をお願い申し上げたい。

 
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