内田宗一郎社長
地元を想い、憩いの場を創出 ビジネスやDX対応にも重点
「和栗菓子kiito-生糸-」の内観
特製モンブランは熱海の新名物に
日本有数の温泉地、静岡県・熱海温泉で創業200年超の歴史を持つ古屋旅館。同温泉最古の老舗旅館として今日も多くの顧客に愛されているが、17代目社長・内田宗一郎氏は館の伝統を重んじながら、常に”最新”を見つめている。同館が行ったさまざまな改装、新規事業の中から「和栗モンブラン専門店の開業」「読書も楽しめるワーケーションスペース新設」の2点を中心に、内田社長に話を聞いた。
2018年にロビーを新装、20年には女性大浴場を新装し、女子寮を新築、21年には露天風呂付き離れ客室4室を新装開業、22年には露天風呂付き客室6室を新装開業と、最近5年間だけを切り取っても大きな変革を見せる同館だが、21年3月に「和栗菓子ｋｉｉｔｏ―生糸―」を熱海銀座商店街に開業した。内田社長は開業の理由として「古屋旅館が一定の評価を頂戴している『もてなし』やそれに関連するノウハウを他の領域で生かしてみたかったこと」「熱海温泉復活のきっかけ、象徴である熱海銀座商店街に出店のめどが立ったこと」「コロナ禍に絶対負けたくなかったという気持ち」の3点を挙げた。
年間約10万食を安定的に売り上げ、都内の百貨店にも期間限定で進出するなど熱海を代表するスイーツ店となりつつある和栗菓子ｋｉｉｔｏ―生糸―では、古屋旅館の従業員マニュアルを導入しているという。「お客さまが着座された時、まずスタッフは自らの氏名を名乗ってから接遇する。味だけでない、『旅館発』の当店だからこその体験価値を提供したい」と内田社長は話す。「大人がゆったりと過ごせる場所を熱海に作りたかった」との狙い通りミドルエイジの来客も多いが、熊本県上益城郡産の純国産和栗を100％使用した香り高いモンブランは、旅先で普段より少しリッチなものを食べたい若年層の心もしっかりつかんでいる。
「出会い」と「タイミング」も開業への大きな要因だった。「20年6月、一時期20店舗もの空きスペースができてしまった熱海銀座商店街から、『あと1店舗で全スペースが埋まる』との連絡があった。銀座通りを発展させたいとの思いもありすぐに連絡し、幸運にも契約に至った」と内田社長は振り返る。また、モンブランについても「京都のモンブランの名店『和栗専門 紗織』とプロデュース契約を締結できたのも幸運だった。『温泉街内のスイーツ店』という立地を考慮した、当店独自の商品展開にご協力いただいている。例えば、朝食後に気軽に食べられるような小ぶりなモンブランを開発し、朝10時から販売するとこれが好評だった。紗織の皆さんからアイデアを頂くこともあるし、こちらからご提案することもある。柔軟に商品を展開させていただけるのはありがたい」と話す。運営主体として法人・モデストスマイルを立ち上げ、経営を軌道に乗せていった。
「Ｓｅｃｏｎｄ Ｌｏｂｂｙ 書ヲ読ム旅人」の内観
読書も楽しめるワーケーションスペース「Ｓｅｃｏｎｄ Ｌｏｂｂｙ 書ヲ読ム旅人」は、離れ棟1階の食事処を改装し、昨年4月開業した。内田社長は「ワーケーションニーズが向上していたこと、グループ・個人の別を問わずゆったりくつろげるライブラリーの必要性を感じたこと、そして当館にご家族で宿泊中もパソコンを開いているお客さまの姿を見て『宿泊しながらも仕事ができる場所を提供したい』との思いが生まれた」と経緯を語る。3カ月に1度、ＥＣサイトのランキング上位の書籍をビジネス書、実用書、小説の各部門別に入れ替えているのも、内田社長自らのビジネスマンとしての着想からだ。高速Ｗｉ―Ｆｉを備え、防音の会議室を整備するなど、ビジネス利用に抜かりなく対応する。
取材の終盤、「うちはＤＸにも自信ありますよ」と内田社長が話した。その一環として、露天風呂付き客室4室に流量センサーを導入し、温泉の流量や温度を感知して自動停止できるシステムを構築し、他の客室にも広げようとしている。「熱海は、湯量は比較的豊富だが、温泉や源泉の枯渇が各地で問題になっている。お客さまと館全体の安全確保の観点からも、これがうまく機能してくれたらうれしい」。視点や意識は常に最新だが、顧客と熱海を思う姿勢と語り口は老舗旅館館主のそれだった。
流量計
古屋旅館の外観
