【ちょっと よろしいですか 110】温泉旅館・ホテルの本分とはー。「グリーフケア」について 山崎まゆみ


 読者の皆さんにとって、今年の大型連休は大変ご多忙だったと想像します。うれしい悲鳴も聞こえてきそうです。本当にお疲れさまでした。

 おかげさまで先月出した新刊「温泉ごはん 旅はおいしい!」(河出文庫)が多くの方から好評をいただいたこともあり、本書を片手に旅に出てほしい、観光経済新聞の読者さんの地域や宿を訪ねてほしいと願っています。

 その一方で、私に新たな気付きを投げてくれた感想もありました。

 それは、「グリーフケアに取り組む宿を知りませんか」という問い合わせでした。

 実は、「グリーフケア」という言葉に聞き覚えがなく、当初「グループホーム」と誤読してしまうほどでした。お恥ずかしい。

 調べてみると、「死別を経験しグリーフ(悲嘆)に陥り、突然不慣れな環境におしこまれた時に、じっくりと繰り言を傾聴してくれる人、さりげなく寄りそうサポート・ケアは大変心強いものです。サポートにより自ら進むべき道を確認するきっかけになります。これらの援助を『グリーフケア』といいます」(一般社団法人グリーフケア協会ホームページより抜粋)とのことです。

 旅をして温泉に入り、おいしいものを食べるという、まさに人生を謳歌(おうか)することを唱える温泉ごはんに、この問い合わせとは疑問を抱く方もいると思います。

 本書の中の一編に、私が父を見送ったものの、存分に哀しむ間もなく日々が過ぎていき、半年ほど経過した時に、東北の名旅館の夕食で、父の陰膳を用意してくださった女将のことを書いたのです。「最も欲していた父との時間をもらった」とつづっています。

 問い合わせを下さった方は、本書を読む1カ月前にご主人を亡くされていました。

「chatGPTにはできないことがこれからきっと必要になります。四国のお遍路や、サンチャゴ・デ・コンポステラなど、どうにもならない人の思いを吐き出すために自然発生したんだろうなと思うのです」といった文面も添えられていました。

 私は「グリーフケア」に取り組む宿の心当たりはなく、検索しても出てこなかったので、その方に情報提供はできませんでした。同時に私は数々の旅館の女将のお顔を思い浮かべていました。

 突然、父が亡くなった時に親身になってくださった女将の皆さん。それは、取材でお世話になってきたという関係性がもたらすものではありますが、人として、悲しんでいる私にそっと寄り添ってくださったのです。

 問い合わせを下さった読者には「私が温泉旅館やホテルをテーマとし、書き続けているのは、そこで働く人たちが好きだから。基本的に、誰かに何かをしてあげたいという、心根の優しい人たちだから」とお返事しました。

 そのやり取りの中で、温泉旅館・ホテルは、唯一無二の素敵な場所だなと思いを新たにしたのです。人の心の機微に敏感な方がもてなす場所はやはり特別。ただの宿泊施設でないのです。

 現在、観光業界ではさまざまな業務のDX化が急務だといわれています。ですが、あくまで人手不足を補うための策であり、人の温もりを遠ざけてしまってはいけません。

 苦しかったコロナ禍をようやく乗り越えて、温泉旅館やホテルはこれから巻き返すわけですが、どんなに忙しくなったとしても、その本分をお忘れなきようと願っております。  
  
(温泉エッセイスト)

 
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