【ちょっと よろしいですか 71】「これからの観光は関係人口を増やす」  山崎まゆみ


山崎氏

 去る7月1日、観光庁長官に和田浩一さんが就任されました。和田長官は観光庁観光資源課長、観光庁次長を務められ、観光行政に通暁し、業界の皆さんから人望が厚く、コロナ禍で逆境に立たされた業界にとって心強い方です。

 そんな和田長官のお話を聴く機会に恵まれました。その中で、「観光業は関係人口を増やし、国内移動需要を増やしていく」というフレーズが最も心に残りました。

 本連載でも、「ファンビジネス」という視点で、顧客をつかむ旅館の好事例を度々つづってきました。コロナ禍において「おなじみさんに応援してもらえることで助けられた」という旅館オーナーの声を聞くと、お客さんとの関係性の価値はさらに高まったのではないでしょうか。

 和田長官がおっしゃる「関係人口」は、「ファンビジネス」と似ているように感じます。

 例えば、静岡県桜田温泉山芳園は、昨年の緊急事態宣言発令時に、オンラインショップをリニューアルしました。

「コロナにかかわらず、さまざまな理由で温泉地に出かけられないお客さまもいると思いますので、“宿は非日常のお手伝い、オンラインショップは日常のお手伝い”をさせていただきたいです」と主の吉田広美さんは話してくれました。その後もオンラインショップは充実していき、「宿でしか提供できなかった料理を宅配でお届けできるようになりました。宿で食べた味をご自宅で楽しんでいただいたり、ギフトの贈り物としてご利用いただいたり、宿泊以外にも選択肢が広がったと思います」。

 すると山芳園を定宿にしているお客さんがSNSに、山芳園の味を楽しんだ自宅の食卓の写真を投稿し、それをきっかけにリピーターさん同士の交流が生まれました。このように山芳園は着実にコアなファンを増やしています。

 温泉地や旅館で関係人口を増やそうと奮闘する若旦那にもよく出会います。佐賀県嬉野温泉大村屋の北川健太社長は、嬉野の人たちと旅行者との交流の場としてリバーサイドハウスを購入しました。お茶の産地・嬉野の皆さんにコーヒーを提供するカフェを1階に設け、「嬉野の人はコーヒーも好きなんですよ」と北川社長はほほ笑みながら、人が交流することで生じる新たな可能性を話していました。ここには陶芸家やイラストレーターが暮らし、クリエーターたちが集う場も兼ねています。

 先日出会った山形県小野川温泉宝寿の湯の若旦那・関谷寿宣さんも同じお考えでした。これまでは1泊2食付きの宿で、関谷さんのお母さまである女将が料理を作っていました。女将は、庭で採れた野菜を出すオーベルジュを目指していたそうですが、世代交代し、関谷さんは、人が交流できる宿づくりを実践中です。

 「小野川温泉の一番のウリは温泉です。共同湯もあるし、旅館も日帰り入浴をやっていることを広く周知したい」という意図から、関谷さんは日帰り入浴とカフェ、足湯をメインとした、気軽に入れる宿を目指します。

 2020年にリニューアルした1階の玄関ロビーはフリースペースです。名物カレーを頂けて、入りやすく、寛ぎやすい。ロビーにはプロジェクターが設置されていて、コロナ終息後には、大きな白い壁にスポーツ中継を映し、「スポーツ観戦イベントもやりたい」と関谷さんは前向きです。

 そういえば嬉野温泉大村屋の北川社長も、小野川温泉宝寿の湯の関谷さんも、同じ41歳。こうしたこれからを担う経営者が関係人口を増やしていけば、この先、温泉地や旅館に人が足を運ぶ機会が増え、にぎわいますね。未来は明るい!

(温泉エッセイスト)

 
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