11日から全国旅行支援が始まり、インバウンドの水際対策も緩和されました。各地へ旅をするのに、新幹線が満席になる、銀座を歩けば外国人観光客とすれ違うなど、私の生活にも「動きだした」手応えを感じます。
先日、東京都台東区谷中にある「澤の屋旅館」の澤功さん、別府温泉「野上本館」社長の野上泰生さんと、コロナ禍からの夜明けに祝杯を上げました。
澤さんといえば、インバウンド界のレジェンドです。野上さんは別府八湯温泉泊覧会、通称「オンパク」の立役者であり、別府のまちづくりに長年取り組まれてきた功労者です。野上本館に宿泊するたびに、なぜか、澤の屋に滞在したような居心地で、似ているなと感じていましたが、そもそも野上本館は澤の屋を参考に作られた宿であり、別府のまちづくりは谷中かいわいの町並みに学んだという話を野上さんから聞きました。どちらもインバウンドの個人旅行者に愛されてきた宿であり町であり、草の根の国際交流の役割を担う場所です。
旅する者としては、谷中と野上本館がある竹瓦温泉かいわいは日本人の生活が垣間見える町です。澤の屋と野上本館の共通点は居心地の良さ。それはハードの新旧に関わらず、日本人らしい誠実さと清潔感と親切がもたらすもの。外国からのお客さまに宿泊していただければ、日本の美点を体感してもらえるだろうと、私は誇らしい気持ちになります。
澤の屋近くの焼き鳥店で日本酒で祝杯をあげたのですが、お猪口(ちょこ)の内側には金が塗られてあり、乾杯すると三つのお猪口が燦燦(さんさん)とし、めでたい気持ちが一層増したのです。
野上さんは「コロナ禍でのさまざまな挑戦は、視野を広げる機会になりました。コロナであがいた分、いままで見えなかったお客さまも見えるようになりました」とおっしゃっていました。
例えば、野上本館は日本人相手に2週間ほどの長期滞在プランを設け、反響を呼びました。「オンラインが普及し、拠点を二つ、三つ持つ感覚が生まれました。その拠点の一つとして、うちのような気軽に安価で長期滞在できる宿を利用していただいています。首都圏からのお客さんも多いですよ」と野上さんは分析します。
澤の屋もコロナ禍でリモートワーク用に日中の部屋貸し、そしてお風呂の立ち寄り入浴を始め、特に地元の人に大好評でした。私も幾度となく利用させてもらいました。
先日は、澤の屋のロビーで原稿を書いている時、隣のテーブルでは有名女優さんがお弁当を食べ、今を時めく若手俳優がくつろいでいました。それは澤の屋の近くにある古民家のハウススタジオでドラマや映画の撮影をする際に、演者やスタッフの控室として澤の屋が使われていたからです。
澤さんに「インバウンドが戻ってきたら、もう澤の屋さんに原稿を書きに行けなくなるので寂しいです」と本音をこぼすと、「インバウンドのお客さんは早朝に出て、夜に戻るので、山崎さん、また仕事に来てください」とのこと。
また澤功さんのご子息の澤新さんの「ぬいぐるみとの宿泊、大歓迎」という試みも人気を博し、ぬいぐるみの旅行代理店「ウナギトラベル」が旅行ツアーを開催しているようです。
旅や温泉、旅館を専門とする私としては、コロナ禍で旅館の用途が広がったと実感しています、そう、野上さんがおっしゃっていたとおりです。
(温泉エッセイスト)