天童温泉は、昨年度の「既存観光拠点再生・高付加価値化推進事業」で旅館5軒、果樹園1軒を一部ユニバーサルデザインに改修しました。
観光庁のこの事業には有識者として深く関わりました。さらに個別案件として、天童のユニバーサルデザインへの旅館改修には図面の段階から参加しましたので、改修後、いち早く見学したかったのですが、なかなかかなわず、ようやく10月に訪れることができました。
そもそも私と天童温泉とのご縁は、山形県旅館ホテル生活衛生同業組合青年部の総会で「バリアフリー旅館 最新事例とはじめの一歩~大きなマーケット『3世代旅行』『親孝行温泉』を受け入れる」と題して、旅館の取り組みやそろえたい備品や情報発信方法について講演したことがきっかけです。
「既存観光拠点再生・高付加価値化推進事業」を始める前は、天童温泉にバリアフリールームがなかったので、宿泊業の皆さんは経験値がなく、試行錯誤の連続でした。そこで私は完成前の図面を見ながら、これまでの知見をフルに活用し、できる限りのアドバイスをさせていただきました。コロナ禍で天童に通うこともままならなかったので、オンライン会議を重ねるしかなく大変でした。
このたび、やっと現地に行き、昨年度、懸命に取り組んだことの成果を目の当たりにし、目頭が熱くなりました。そして一緒に取り組んできた事業者さんとも再会でき、次の課題などへの話も弾み、それはそれは至福の時だったのです。
何より今回改修した部屋は、その客室を目当てに天童を訪ねるだろうなと思うほど、完成度が高かったのです。旅館オーナーさんたちのセンスは本当に素晴らしい!
例えば、「ほほえみの空湯舟つるや」は総客室数22室の小さな宿。靴を脱いでロビーに入ると、歓迎の意を込めて畳の左右両脇に鶴が向かい合う刺しゅうが施されてありました。なんて、雅なのでしょう。
入っていくと見事な日本庭園が広がり、その庭を眺めるために天童木工の温もりある椅子が置かれてあります。
そのロビーの右奥に、バリアフリールーム「白(はく)」がありました。扉を開けると左側に食事ができるダイニングルーム。完全に客室と分かれているダイニングにはもうひとつスタッフの出入り用の扉もついていました。さらにベッドルーム、その奥に洗面台スペース、ウッドテラスへと続き、テラスに露天風呂がありました。洗面台スペースに設置されているごろごろチェアーは小さなお子さん連れのママさんに喜ばれているそうです。
「街中にある天童温泉では自然豊かな景観は望めません。ですから客室の趣向に力を入れました」と山口裕司社長。また「バリアフリーと思わせないデザインにしました」というこだわりが随所に感じられます。
デザイン性でいえば白をテーマにした部屋は真っ白からアイボリー、グレーとグラデーションの色調で、そこに間接照明の演出が加わり、明かりには鶴が浮かび上がるという設え。「白」に滞在することを目的に天童に来たくなる魅力的なお部屋です。
バリアフリーの観点ではフルフラット。ベッド横からもシャワーブースへ行けて、シャワーブースには湯船まで続くウッドチェアーを設置。腰かけたままシャワーを浴び、そのまま湯船に移動でます。
この取り組みに、地元の介護事業者も参画。「入浴介助士による研修」で、宿のオーナーやスタッフが車いすの押し方を学び、体が不自由な方の疑似体験を受けるなど、ソフト面の強化も特筆すべきです。これまでバリアフリールームがなかった温泉地が前に進むには介護事業者との連携も重要存在でしょう。
天童温泉は3世代旅行、親孝行温泉で行きたくなる温泉地に近づいています。
(温泉エッセイスト)