松山や秋より高き天主閣
正岡子規にこう詠まれた松山は、標高132メートルの勝山山上に天守閣がそびえる松平氏15万の城下町。
この城下に江戸時代最後の慶応3年(1867年)に俳人・子規が生まれ、一高(東京大学)の同級生の夏目漱石が明治28年(1895年)の1年ほど松山中学の教師として住んでいる。
町には60基を数える子規の句碑、多くの漱石のゆかり。そして街角の看板や土産物店で銘菓「タルト」がよく目につく。
タルトはクッキーやパイ生地で作った器にクリームやフルーツをのせた洋菓子だが、松山のタルトはカステラ生地で餡(あん)を巻き込んだロールケーキ風のお菓子。
江戸時代、異国船取締役の長崎探題を務めた城主・松平定行が、長崎に入港のポルトガル船で食べたジャム入りの南蛮菓子が気に入り、製法を学び、菓子司に作らせたのが始まりという。
明治維新で材料や製法が公開、製造が自由になって多くの店ができた。
時代につれて変わったが、おおむね小麦粉、卵、砂糖のカステラ生地で生餡を巻く。四国産の生柚子(ゆず)使用が必須条件。バターなど洋もの一切不使用の和菓子である。
ちなみに柚子の生産は高知、徳島、愛媛がベスト3。四国は全国の80%を占める柚子王国である。
この柚子を使ったタルトの店は愛媛県には100店を超すという。最大手が県内で27店舗を展開する一六本舗。創業年の明治16年を店名にした老舗である。
看板菓子の「一六タルト」づくりは大半が機械化によるが、巻くのは熟達スタッフの手。ふんわりの生地と柚子に引き立つすっきりの甘さの餡がフィット。いつ、何度食べてもおいしい。
愛媛には他に六時屋の「タルト」、亀井製菓の「道後栗タルト」、ハタダ製菓の「御栗タルト」などいろいろなタルトが売られている。
名所の道後温泉本館そばのアーケード街、道後ハイカラ通りでタルトとともに人気なのは、漱石の小説に書かれた3色の餡を串に刺したつぼや菓子舗の「坊っちゃん団子」。店の創業は一六本舗と同じ年の1883年。タイミング的には漱石や子規もきっとタルトも口にしたことだろう。
(紀行作家)
【メモ】「一六タルト」柚子=一六本舗道後本館前店(TEL089・921・2116)1本税込み1058円(取り寄せ可)。
餡入りロールケーキ風の「一六タルト」
松山のシンボルの道後温泉本館