伊庭の坂下し祭り(滋賀県東近江市)
「ヨイトコセーノ、ソーレ!」。男の掛け声が新緑生い茂る山肌に響く。声に続いて「ガガガッ!!」とすさまじい音をたてて山頂方面から下りてきたのは、重さ500キロにもなる神輿(みこし)だ。
滋賀県東近江市。繖山(きぬがさやま)の中腹にある「繖峰三(さんぽうさん)神社」から氏子の若衆が3基の神輿を麓まで下ろしていくこの神事は「伊庭の坂下し祭り」と呼ばれ、毎年5月4日に行われる。
山の麓には歴史を感じる大鳥居があり、そこから前述の神社までの登山道が参道となっている。道は整備されておらず、かなりの急斜面を登る必要があるので、訪れる際にはちょっとした登山の装備が必要となる。
そんな山道を神輿が下りてくるのだが、急斜面であるがゆえに若衆たちはそれを担ぐわけではなく、神輿の腹を地面に付けて引きずり下ろしてくる。神輿の前から掛け声をあげて力強く引っ張り、後ろでは綱を用いて巧みなコントロールを行いながら、少しずつ麓へと近づいていくのだ。
神輿が下りてくる参道の途中にはいくつもの難所があり、それらは若衆たちの見せ場でもある。なかでも最後の難所「二本松」は岩がむき出しとなった垂直に近い断崖絶壁。建物の3階分ほどの高さがあり、上からのぞきこむと背筋に嫌な感覚が走る。
見ているだけで手に汗握る急斜面を前にしても、若衆たちは余裕綽々(しゃくしゃく)。あまつさえワクワクした表情さえ見せる。二本松を落下する直前、少年2人が神輿の前面に乗り込む。神輿ごと二本松を落ちるのが15歳になった少年の通過儀礼だそうだ。彼らだけはさすがに不安な表情を浮かべていたが、きっとこの経験を経て「伊庭の男」に成るのだろう。
神輿は大きな掛け声とともに「二本松」を一気に落下。「ゴゴッ!」と鈍い音をたてて谷底へ着地し、ギャラリーからはどよめきと拍手が巻き起こった。「伊庭の祭りを一度は見やれ 男肝つく坂下し」。こんな詩とともに850年にわたって受け継がれるこの祭り、独特のスリルと若衆の表情はここでしか味わえない魅力だ。
(喧嘩祭りハンター・池田兼人)
※オマツリジャパンのライターが全国の魅力的な祭りを紹介します。
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若衆によって断崖絶壁を下ろされる神輿