拡大するヘルスケアサービスに挑戦
新型コロナウイルス感染症の感染拡大を契機に従来型の観光が厳しく制限され、高度な衛生対策を講じた観光が社会から求められている。こうした中、衛生対策を逆手にとって、安心・安全というキーワードを追求してサービスを再構築して次なる一手を講じるという方法はある。しかし、衛生対策の高度化には、従来のサービスと比較して取扱人数を減らし、回転率を下げ、人件費や衛生対策に伴う追加コストが発生するという痛みを伴う。半面、このコストを単純に価格転嫁できるものではない。
そこで提案したいのは、新たな市場への挑戦だ。具体的には、観光業界としてヘルスケアサービスに挑戦をしていくというシナリオはいかがであろうか。経済産業省の試算によれば、公的保険外サービスのヘルスケア産業で約33兆円規模(2016年は約25兆円)という拡大中の大市場である。注目すべきはこの試算において、10%程度が健康志向旅行・ヘルスツーリズムになるという予測がなされている点だ。これは単なる「健康っぽい」サービスや単に温泉や観光地でウオーキングをするなどというものでもない。真の意味で健康増進に寄与するサービス、すなわち「行動変容」という効果を追求するサービスが必要になる。「行動変容」とは、観光客の行動を「健康行動」に変える「きっかけ」や「動機付け」を観光サービスに組み込むというものである。
足元の消費者の健康志向も拡大の一途をたどっている。これを映すかのように、食品業界では消費者庁が所管する機能性食品制度の届出件数が制度開始の15年度から20年度は3倍に増加するなど健康志向に対応した商品が急増している。観光業界はこのような消費者の健康志向の急拡大というライフスタイルに対応しているだろうか。
加えて、65歳以上の高齢者が人口の3割に迫るという超高齢化という動向も見逃せない。高齢者ではヘルスケアを前提としたサービスは必須である。さらに、近年で新たに注目されている分野がある。それは、「人とのつながり」をつくるサービスという市場だ。東京大学高齢社会総合研究機構の長寿科学研究(2016)によれば、人とのつながり、生活の広がり、誰かと食事することが少なくなるといった社会性が低下すると、精神・心理状態が低下し、身体活動も減少し、口腔機能も低下し最終的にサルコペニア(低四肢骨格筋量、低筋力、低身体機能)につながる可能性があると指摘している。特に、フレイル(虚弱)予防には「人とのつながり」が重要であることが分かってきている。単身世帯が増える中で、「人とのつながり」が急激に失われつつある中、観光サービスに期待がかかる。
厳しい経済環境、そして観光に制限がかかる中ではあるが、ヘルスケアサービスへの挑戦にこそ新たな光の一つを見いだすことができるのではないか。