【シニアマイスター経営の知恵 101】現場と大学をつなぐ人材育成 日本宿泊産業マネジメント技能協会会員・帝京大学経済学部観光経営学科教授 山中左衛子


 新型コロナウイルスの勢いが止まらない。この原稿を書いている2月末現在、国内で3名が亡くなり、政府の要請でイベントの自粛、休校、在宅勤務の動きも慌ただしい。

 この20年、私の前職であるホテル業関連で見ると、さまざまな危機があった。アメリカ同時多発テロ、狂牛病と呼ばれたBSE、SARS、東日本大震災、食物アレルギー、ノロウイルスなど広範囲に及ぶ。2003年のSARSの際、都内のホテルは予約から館内の消毒、従業員の健康管理までリスク対応を迫られたが、約3カ月で収束した。またノロウイルスの生存期間の長さと感染経路の多様性は、危機管理の概念を変えた。しかし最大の経済的危機は、東日本大震災後の数カ月だった。ゲストが消えたのである。事態が悪化し、外出を控える風潮がこれ以上強まらないことを祈るしかない。

 さて、大学教員になって驚いたことの一つは、学生が自ら考えて動くアクティブラーニングの手法を使い、自治体や企業と連携して問題解決に当たる実践型のプロジェクトベーストラーニング(PBL)を取り入れている大学が少なくないことだった。アクティブラーニングは、企業研修などではかなり以前から盛んである。文科省が推進し、大学側もこれに応じて、実社会で活躍できる人材を育てる狙いがあるのだろう。

 ちなみに経団連が2018年に実施した「高等教育に関するアンケート調査」によると、産業界が学生に求める資質・能力・知識の第1位は「主体性」、2位は「実行力」、優先的に推進すべき教育改革として「イノベーションを起こすことのできるリーダー人材育成」が挙がっている。確かに主体的に考え、提案、行動し、イノベーションを起こす人材の発掘と採用は、企業の存続に不可欠である。しかし、不思議なことがある。実践型PBLで鍛えられた学生が、志望する企業に就職したにもかかわらず、1、2年で離職する率が高いという話をPBLを採用している大学関係者と企業の双方から聞いたのである。

 ここにミスマッチがありそうだ。企業のトップ、人事の責任者は主体性を求めるが、新人が配属される現場には、必ずしも彼らの主体性を受け入れる土壌ができていないのではないか。現実の仕事は甘くない。頭でっかちの学生もいるだろう。しかし企業の未来を開くのは、現場が若手の潜在力を見抜く目と任せる度量ではないだろうか。せっかく獲得した人材を失うのは惜しい。大学側も、主体性を育むだけでなく、現場視点での礼儀や上位者の巻き込み方も伝授したいが、授業内では限界がある。

 私は大学の授業で、学生に教えられることが多々ある。例えばアニメファンが見た「聖地巡礼」観光にはどんな課題があるのか。好きなことなら自ら現地に赴いて調べ、熱く語れる世代である。

 「教えるとはともに希望を語ること。学ぶとは心に誠実を刻むこと」。尊敬する元企業役員の方に教えられたフランスの小説家ルイ・アラゴンの言葉で結びたい。

 (一般社団法人日本宿泊産業マネジメント技能協会会員 帝京大学経済学部観光経営学科教授 山中左衛子)

 
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