近鉄奈良線は、奈良市内で平城宮跡を横断しています。復元された朱雀門の前を、ツートンカラーの近鉄電車が走り抜ける光景は、古都の鉄道名所として知られてきました。しかし、世界遺産にも登録された平城宮跡の歴史的な景観を損ねているとの意見や、国交省から開かずの踏切の解消を求められ、この区間が移設されることになりました。
隣接する大和西大寺駅を含めた区間を高架化し、線路を平城宮外に迂回(うかい)させた上で、奈良市内を東西に貫く大宮通の地下に新線を建設します。この大工事で大和西大寺―近鉄奈良間の全ての踏切を解消し、平城宮跡の景観も回復します。都市鉄道の連続立体化工事の中でも大規模なプロジェクトで、総事業費は約2千億円に達する見通しです。
大都市の市街地に線路を作り直すので、用地確保は簡単ではありません。古代の都があった場所ですから、トンネルを掘れば遺跡が出てくる可能性は高く、その発掘調査にも手が掛かるでしょう。おまけに、大和西大寺駅というターミナルの高架化も同時に行うので、難工事となります。
そうした条件を考慮し、工事の着工を2041年、完成を2060年と予定しました。用地買収などの準備に約20年、工事に約20年を見込み、完成するのは40年後という気の長い計画です。現時点で具体化している鉄道プロジェクトで、もっとも遅い時期に工事完了する計画かもしれません。
ただ、鉄道の連続立体化に時間がかかるのはここに限った話ではなく、たとえば2019年に完成した小田急電鉄の東北沢―和泉多摩川間の工事は、複々線化を同時に行ったこともあり、計画から約50年、着工から約30年もかかっています。これに比べれば、近鉄奈良線移設の40年は長いとはいえず、もっとかかる可能性すらあるでしょう。
正直な感想を書けば、朱雀門前の鉄道景観が失われてしまうことは残念です。この区間が開業したのは大正時代なので、100年以上も近鉄のある風景が続いてきました。つまり、現状もある意味、歴史的な景観なわけで、それを破壊するのはもったいない気もします。
とはいえ踏切の解消は必要ですし、古代の景観をよみがえらせることに意味があるのもわかります。個人的に救いがあるとすれば、1969年生まれの自分にとって、生きている間におそらく工事は完了しないであろう、ということでしょうか。
(旅行総合研究所タビリス代表)