昭和時代、温泉地に近い鉄道駅では、旅館の番頭さんが旗を持ち、列をなして客を出迎えていました。「空室あります」といった幟(のぼり)を掲げた客引きも活躍していました。しかし、令和のいま、こうした光景は、ほとんど見かけません。
先日、静岡県の伊東駅に降り立つと、番頭さんの代わりなのか、旅館の旗だけが柱に巻かれていました。旗には送迎バスの乗り場案内と時刻表の紙が添えられていて、指示された場所に行くと、時刻表通りに送迎バスがやってきました。システマチックで便利ですが、ちょっと味気ない気もします。
旅館によっては、送迎バスの運転手が旗を持って出迎えていましたが、予約客を乗せるとさっと出発してしまいます。令和の時代に、予約もせず駅にふらりと降り立つ温泉客もいないのでしょう。駅前で客引きが声を上げていたのは過去の話で、昭和は遠くなりました。
温泉旅館の多くは昔も今も繁盛していますので、減ったのは温泉客ではなく、鉄道利用者です。いま鉄道で温泉旅行をするのは少数派で、多くの客はマイカーで訪れます。かくいう筆者も、家族旅行は大抵クルマです。
それでも久しぶりに列車で伊東温泉を訪れたのは、夏の東伊豆で、道路渋滞に巻き込まれるのが嫌だったから。小学生の息子が特急に乗りたがったという事情もありました。
乗車したのは「踊り子」です。長い間、昭和時代に製造された車両が孤塁を守っていましたが、数年前に新型車両に代わりました。乗ってみるとカジュアルに洗練されていて、ファミリーに向いています。東海道新幹線のような堅苦しさがないので、子連れには気が楽です。
困ったことといえば、早めに東京駅に行ったものの、列車を待つスペースが乏しいこと。特急ホームには待合室がなく、空調のないベンチか、立って待つしかなく、子どもはぐずります。乗ってしまうと楽なのですが、乗るまで大変なのが、令和時代の子連れ鉄道旅行です。
そういえば、昭和時代の鉄道駅には、たいてい収容力のある待合室が設けられていました。最近のエキナカは商業施設が充実していますが、待合スペースは少ない気がします。子連れで気兼ねなく待てる場所が駅にあれば、次も温泉へ鉄道旅行をしようと思えるのですが。
(旅行総合研究所タビリス代表)