中国西域、敦煌市で羊肉の串焼き屋台に立ち寄った。一串3元。3串とミネラルウォーターを買って、代金17元を払おうとしたが、どのお札がいくらなのか、とっさに分からない。手持ちのお札と硬貨を相手に見せて、代金分を抜き取ってもらうのが手っ取り早い。海外での買い物の際にこんな経験をした向きもあるだろう。
それなら、クレジットカードなどで払えばいい。しかし、数百円程度の支払いにカードを使うのは抵抗があるし、面倒だ。中国ならスマホの電子マネー、ウィチャットペイで払えば簡単なのだが。ウィチャット自体を使っている日本人はさほど多くない。
翻って訪日外国人観光客が、日本を旅行する上での支払いの問題を考えてみよう。コロナ禍前の2018年度に観光庁が行った「訪日外国人旅行者の受入環境整備に関するアンケート」によると、彼らは鉄道やバス、タクシーを利用した際、クレジットカードやICカード、モバイルペイメント(スマホ利用)などを使いたかったのに、実際は現金が多かった。例えば、タクシーの場合、現金以外での支払いを約35%が希望したのに、キャッシュレス支払いは約15%しかなかった。言葉も通じにくいタクシーの車内で、お金を数える、あるいは1万円、5千円札を差し出す外国人の姿が目に浮かぶ。
飲み物の自販機も外国人観光客には使いにくいかもしれない。ある温泉旅館にあった自販機には、160円の場合は100円、50円、10円硬貨の組み合わせ、120円は100円1枚と10円2枚のイラストが掲示されていた。究極のアナログ説明だろう。
ここ数年、クレジットカードに加え、PayPay、パスモやスイカといった交通系カードである電子マネーが普及した。
経済産業省が内閣府の成長戦略会議に示したデータでは、2020年の民間最終消費支出に占めるキャッシュレス決済の割合は19年比2.9ポイント増の29.7%と、過去最高を更新した。しかし、国別のキャッシュレス決済比率で、日本は首位の韓国や2位の中国に大差をつけられている。訪日外国人数の上位国である両国でキャッシュレスが進んでいるのに、日本がキャッシュレス後進国というのも皮肉だ。
それを示す事例を紹介しよう。コロナ禍で全国民に一律10万円支給が浮上した2020年春先、ある経済団体の幹部が「電子マネーで支給したらよい」と明かした。それに対し、「うちの田舎では電子マネーを使える店など数えるほどしかない。家賃などを電子マネーで払えるか」などの反論がネットをにぎわした。
キャッシュレス決裁は、新型コロナ感染症の予防にも有用だし、現金の持ち合わせが少ない時でも、買い物ができ消費喚起にもなるとされている。また、事業者にとっても、決済の際の省力化、経費削減にもなる。
インバウンド復活が視野に入ってきた中で、キャッシュレス決裁は不可欠な選択だろう。
(日本旅行作家協会理事、元旅行読売出版社社長兼編集長)