東京オリンピック・パラリンピック2020が閉幕した。五輪を機にインバウンドの拡大が実現するのではないかとの熱い期待は、外国人観客無しで行われたことで裏切られた。さらにコロナ禍もデルタ株の広がりで、先行き不透明な状態が続き、インバウンド復活の時期も見通せない。
ただ、白熱した競技とは別に外国人選手や役員らによるSNSでの積極発信は、外国人観光客を受け入れる観光・旅行業界にとっても参考になることは多かったのではなかろうか。日本政府や各地の観光担当者らがプロモーションを展開するのとは異なり、個人が発信するクチコミ情報が日本のイメージを大きく左右したからだ。
男子110メートルハードルの金メダリストのジャマイカのハンスル・パーチメント選手は準決勝直前、選手村から間違って競泳会場行きのバスに乗ってしまったという。途方に暮れていると、居合わせたボランティアがタクシー代を貸してくれ、事なきを得て、翌日の決勝で金メダルを獲得した。
美談は続く。次の日、同選手は競泳会場を訪れ、タクシー代を貸してくれたボランティアを見つけ、ジャマイカ代表のTシャツを贈り、タクシー代も返し記念撮影をした。この模様を同選手がインスタグラムに載せると大きな反響があった。海外メディアがこれを取り上げ、情報はさらなる広がりを見せた。母国ジャマイカでは、観光大臣までが言及したらしい。
悪評もあった選手村だったが、ラグビー7人制アイルランド代表選手がTikTokで選手村の男子トイレを紹介した。便器の機能として、使用時に流れる水流音に驚き、感激したと明かしている。
こうした心温まるエピソードやわれわれ日本人にとっては当たり前と思っていることも、外国人には、親切で細やかな配慮にあふれる素敵な日本を強く印象づけたのではないか。このことは、コロナ禍が収束したら日本に行ってみたいという動機につながる。
これほどSNSの影響力は大きいし、何より当事者がほぼリアルタイムで発信するのだから、残念ながら臨場感やスピード感は既存メディアの比ではない。
こうした事情が分かっているから、より多くの注目を集めるため効果的な撮影スポットを用意する、いわゆるインスタグラム映え対策を講じる施設や観光地も多い。
しかし、SNSはプラスイメージの発信ばかりとは限らない。「当事者がリアルタイムで」と書いたように事実確認がなされないままの情報や、誤ったいわゆるフェイクニュースがあっという間に拡散する恐れもある。SNSの情報をメディアが取り上げ、さらに波紋が広がることも起こりうる。
五輪がSNSの明と暗を焙り出した。不勉強ながら筆者はマイナスイメージ拡散防止の効果的な手立てが分かりかねる。海外の五輪関係者の発信のようにさまざまな外国語で行われるなら、なお一層防止策は難しいと打ち明けておこう。
(元旅行読売出版社社長、日本旅行作家協会理事)