4月からある大学で観光関連の講座を担当することになった。初めての経験なので、大学教員をしている友人ら数人に話を聞いた。彼らは異口同音にこう言った、「資料を作るなど準備万端で、授業に臨んでも反応が鈍い。真面目な学生たちが多いのだが…」。
そんな中で、1人だけが教えることの楽しさを語ってくれた。ある時、彼は授業の中で、若者に人気のアニメの話題を振ったところ、学生が輝きだしたと明かした。私も同様だが、シニア世代のこの男性は、アニメやマンガとは無縁。ひょんなきっかけで、アニメの世界に触れ、人気アニメを見たり、マンガ本を読破したりと努力したそうだ。
長々と私事を書き連ねてきた。牽強付会(けんきょうふかい)かもしれないが、このアニメ・マンガの例はビジネスを発展させる上でのマーケットインの発想に近いようであり、観光・旅行業にも当てはまるのではないか。つまり、消費者(学生)の嗜好に合わせ、企業(教員)が製品・サービス(授業)を開発あるいは組み立て、ニーズを掘り起こす。
観光分野のマーケットインについて記そう。十数年前、旅の月刊誌、旅行読売で、「ひとり旅」特集を組んだ。私が編集長になる直前のことだった。この企画は大当たりし、その後何度もひとり旅について取り上げ、臨時増刊も発行した。
これが支持されたのは、誰にも煩わされず、自由気ままに旅をしたいという潜在意識をつかんだことだった。夫婦や気の合った友人との旅も避けたい、団体旅行などもってのほか。どのような経緯で、ひとり旅の特集を組んだのか。古巣を持ち上げるのは手前味噌(みそ)だが、当時の編集者の慧眼(けいがん)に感服する。
宿泊施設側、旅行会社側も団体旅行が激減するにもかかわらず、客室単価の低いことなどからひとり泊は敬遠していた。しかし、空室にするよりはとの経営判断もあったろうし、何よりニーズがあるのだから、ひとり泊プランなどを積極的に打ち出してきた。隣席に他の旅行者が座らない、ひとり旅専用のバスツアーも登場した。こうしたマーケットインによって顧客の心をつかんだ観光地も多いだろう。
その一方で、マーケットインと対局をなすとも言われるプロダクトアウトの事例も少なくない。北陸新幹線金沢延伸前の2014年、沿線自治体の観光プロモーションは顧客ニーズをくみ取っていたのかと疑問に感じたものだった。風光明媚な海浜、山野などの自然に恵まれている、温泉がある、うまい郷土料理があるなど、どこも同じようで従来と変わりない訴求内容のため、雑誌で取り上げにくかった。北陸新幹線金沢延伸でこの地域を訪れたいと思う旅行者は何を求めているのかの掘り起こしが不足していた。
オミクロン株収束の行方は不透明だが、そろそろインバウンド復活を視野に入れる時期ではないか。これまでと同じように日本の自然、温泉、おもてなしなどをアピールするだけでよいのか。リピーターも増え、新たな日本の魅力を求めてくるだろう。それに加えて、世界の観光立国が、コロナ禍で我慢を強いられた旅行者を奪い合う。その競争に打ち勝つには、地域別、所得階層別、リピーターか否かなど細かく分析し、ニーズを掘り起こすことが不可欠だ。
(日本旅行作家協会理事、元旅行読売出版社社長)