温泉地の旅館 キャンセル多発も回復へ
先月上陸した台風19号が関東甲信越、東北など全国各地に大きな被害を及ぼした。だが、関係者の懸命な努力で被災地は徐々に普段の姿に戻りつつある。被災から1カ月たった先週末の温泉地の状況を追った。
千曲川流域にある長野県千曲市の戸倉上山田温泉。28軒の宿が加盟する同温泉旅館組合連合会の聞き取り調査によると、台風による直接被害があった同温泉の旅館・ホテルは15軒。地下室への浸水や雨漏り、看板のゆがみなどが見られたが、ほとんどが軽微な被害で、被災時から休業することなく、現在もほぼ通常通り営業している。
しかし温泉街に近い河川敷の「萬葉の里スポーツエリア」が川の増水で被災し、現在は使用できなくなっている。野球やサッカー、陸上競技ができるグラウンドを備え、近年は首都圏の学校などが合宿で利用していた。スポーツ合宿の誘致に力を入れる同連合会は、グラウンドが使用できなくなったことを受け、施設の早期復旧や、近隣の学校のグラウンドを当分の間、開放してもらうよう、市に要望している。
旅館・ホテルはほぼ通常通り営業を続けるものの、被災直前からキャンセルが発生。同連合会の若林正樹監事(上山田ホテル)は、「10月は3割近く、11~12月は2割近く、例年に比べ売り上げ、予約が減少している」と話す。
連合会が現在取りまとめているアンケート調査によると、台風が接近した10月10日から31日までの台風を要因とするキャンセル数は、回答があった20軒で6384組、1万1068人。被害総額は概算で8937万9千円に及ぶ。
「団体旅行が多い秋の行楽シーズンを直撃した」と若林監事。ただ、先については「予約サイトで(個人客が)入り始めたほか、12月は会社の忘年会が金曜、土曜を中心に入っている」と明るい見通しも述べている。
首都圏から同温泉へのアクセスは、JR北陸新幹線「あさま」「はくたか」が運転本数を減らした暫定ダイヤだが運行中。在来線のしなの鉄道は新幹線停車駅の上田から温泉地の最寄り駅、戸倉まで通常ダイヤで運行している。同鉄道は台風被害で一部区間(上田―田中)が運休していたが、15日に再開。被災地も平時の姿に戻り始めている。
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台風で雨量千ミリを記録した神奈川県箱根町。大量の雨水が道路を流れる衝撃的な映像がニュースで流れたが、現在は落ち着きを取り戻している。
温泉郷の玄関口、箱根登山鉄道の箱根湯本駅周辺は、外国人を中心に多くの観光客の姿が見られた。ただ、同駅に近い旅館関係者は「普段の状況に少し戻った」と、完全回復にはまだ至らない判断だ。
この旅館は近くを流れる川の増水で温泉の配管が被害を受けたものの、現在は復旧。宿泊客を支障なく迎えている。
しかし「宿泊キャンセルがかなりあった」といい、先の予約も「普段の7~8割」と厳しい状況だ。
箱根登山鉄道は箱根湯本―強羅間が台風の影響で運休中。ただ、代行バスが運行し、観光客の足は確保されている。明るい話題としては、箱根山の噴火警戒レベル引き上げで一部運休していた箱根ロープウェイが10月26日に全線で運転を再開。立ち入りが規制されていた景勝地の大涌谷園地も今月15日に規制が解除された。「紅葉と温泉のシーズン。ぜひ、安心して箱根にいらしてほしい」と前出の旅館関係者は話す。
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箱根の仙石原で宿を営む「富士箱根ゲストハウス」の髙橋正美代表。1984年の開業以来35年間、世界中の観光客を受け入れ、国際親善に寄与した功績から観光庁の「ビジットジャパン大使」にも選ばれている。
台風の上陸で仙石原の旅館・ホテルも浸水などの被害を受けたが、同館は直接的な被害はほぼなかった。ただ、「キャンセルがかなり出た」と、風評による被害を受けている。
払拭(ふっしょく)に向けて取り組んだのは、丁寧な情報発信。箱根から静岡県の御殿場に抜ける国道138号線の一部が現在も通行止めだが、「『行けない』ではなく、『こうすれば行ける』という前向きな言葉でお客さまに案内することを心掛けた」という。多くのキャンセルは東日本大震災の際も経験したが、「その時に比べ、予約の戻りはかなり早い」と髙橋代表。
「箱根は日本を代表する観光地。いつまでももたついていてはいけない。1日も早く復旧し、観光立国の先導役を務めることがわれわれ町民に与えられた使命だ」。
戸倉上山田温泉旅館組合連合会の若林監事。温泉街に目立った被害は見られない=16日
仙石原のススキ草原で富士箱根ゲストハウスの髙橋代表。箱根屈指の名所で、多くの観光客でにぎわう=17日