市場縮小や借入金増大に懸念
新型コロナウイルスの流行が始まって1年余りが経過した。2度目の緊急事態宣言が発令中だが、全国解除の可能性が見えてくるとともに、ワクチンの先行接種が始まった。アフターコロナとして今後の宿泊業をテーマにしたセミナーが16日、東京都内で開かれた国際ホテル・レストラン・ショーの中で行われた。旅館・ホテル団体のトップ、産業施策担当の観光庁幹部、有識者らが登壇し、楽観と不安をにじませながら中長期の市場、経営を展望した。難局を乗り越えて持続的な成長につなげるヒントをつかみたい。
■悲観することない
日本ホテル協会会長でパレスホテル(東京都千代田区)会長の小林節氏は「中長期的には楽観論だ。インバウンドは今年はなかなか難しいが、日本は人気のデスティネーションで、2030年の政府目標6千万人に向かって、来年から緩やかに回復していくと思う。また、アウトバウンドがない間は、その旅行需要を国内旅行に転化できる。国内旅行の魅力を発信することが重要」と述べた。
旅行、宿泊に加えて他のサービス需要の回復についても楽観視した。「レストランの売り上げは昨年秋ごろには19年比で90%ぐらいまでに回復していた。緊急事態宣言で抑えられているが、お金を使いたい、旅行したい、おいしいものを食べたいという需要は高まっている。法人のホテル宴会は難しいが、新しい商品を提案することで徐々に回復する。婚礼も昨年は例年の半分だったが、今年はすでに例年並みの予約が入っている。生活や働き方に変容はあるが、人間の本質は変わらない。コロナが緩やかにでも収束に向かえば、それほど悲観することはない」との見方を示した。
■時代への対応課題
日本旅館協会会長でハマノホテルズ(札幌市)社長の浜野浩二氏は、アフターコロナの課題について言及した。コロナ後の国内旅行では、これまで市場をけん引してきた団塊の世代が後期高齢者に入り始めるなど旅行離れが進む可能性があるほか、コロナ禍で旅行形態はさらに個人化が進み、団体旅行が減少することなどによる市場の縮小を懸念した。また、インバウンドでは、輸出産業としての成長性、地域経済における重要性を強調して早期回復を期待する半面、最大の訪日市場である中国などに関して地政学的なリスクが大きいことを不安視した。
旅行動向への対応、危機管理態勢の確立が経営課題になるが、コロナ禍がその対策を困難にすることも懸念。「インバウンドを含めて、新しい時代の旅行に対応するため、施設を改修していく必要があるが、大型旅館などの多くはすでに相当の借入金があり、さらにコロナ禍で借入金を増やした。この状況で大胆な改修を行うのは非常に難しい」と述べた。
■変化前提に支援
アフターコロナにおける社会変容、旅行形態の変化について、産業施策を担当する観光庁観光産業課長の多田浩人氏は、「過ぎ去ってしまえば元に戻るという意見もあれば、生じた変化は元に戻らないという意見もある。観光庁としては、どちらかといえば後者を意識せざるを得ない。端的にいえば、大きなロットの団体観光などを大量に密に受け入れる観光というより、小ロットの家族や友人などの単位の観光が主軸になると考える。宿泊施設としても変化しなければならない部分があるだろう」と指摘した。
観光庁では、コロナの経済対策を盛り込んだ2020年度第3次補正予算に既存観光拠点の再生・高付加価値化推進事業(550億円)を計上。旅館・ホテルの施設改修などに補助金を交付する。財政投融資でも日本政策金融公庫の観光産業等生産性向上資金などを拡充した。「事業者の新しい時代への対応を応援したい。宿泊施設のリノベーションを補助金で後押しする。政策金融として低利融資の制度もつくった。宿泊業の新しいビジネスモデルの構築などに専門家、アドバイザーを派遣する事業も実施している。ハード、ソフト両面から事業者の創意工夫、新しい展開を下支えする」。
■生産性向上しかない
宿泊業界に生産性向上への取り組みなどをアドバイスしてきたサービス産業革新推進機構代表理事、工学博士の内藤耕氏は、コロナ以前には東日本大震災やリーマン・ショックがあり、コロナ後にも自然災害や気候変動、地政学的リスクなどの影響が予想されることから、危機に強い経営を目指すよう提言した。
コロナ禍などの危機下でも一定の旅行需要はあり、勝ち組の施設は常にいると指摘。「大事なのは、施設それぞれが客層を明確にし、品質で集客すること。品質に注目すると、小商圏(地元、近距離)でも大商圏(遠距離)でも集客できる。品質を高め、商圏面積を考えながら、どれだけ長く安定的に経営できるか、継続性を追求すべき」。
感染症が収束に向かい、Go Toトラベル事業が再開されれば、再び旅行市場は盛り上がり、短期的には、多くの施設で業績は回復するとみられる。しかし、中長期的には、生産性向上への取り組み次第でアフターコロナにおける差は歴然だという。
低価格競争や小手先の財務戦略ではなく、「お客さまの満足度を上げる品質の問題と、低コスト化を進めて損益分岐点を下げるオペレーションの問題。これを同時に追求する生産性向上に真正面から取り組むべき。立地、施設、社員はすぐには変えられない。できることは生産性向上しかない。打てる手を冷静に打っていくことが大事だ。そして業界としても切磋琢磨し、多様性のある強い産業に成長してほしい」と期待した。
(右から)日本ホテル協会の小林会長、日本旅館協会の浜野会長、観光庁観光産業課の多田課長=16日、ホテレスのトレンドセミナーで