短大で観光関連の講座を受け持っている。アニメの聖地巡礼に触れ、画像を投影した瞬間、教室の空気が一変したように感じられた。昼食後すぐの授業、悲しいかな居眠りしている学生が目立つ。一計を案じて、アニメの聖地を取り上げた。作品の舞台となった場所を歩く聖地巡礼というアニメツーリズムだ。
普段は発言しない学生が挙手してアニメのタイトルやストーリーを教えてくれた。課題作文もいつになく生き生きとしていた。自分が聖地巡礼を体験したことや関連グッズを買ったこと、地域活性化にアニメが貢献しているはずだ―など多彩だった。
それまでの授業では、旅の歴史や日本の宿泊業の課題、泊食分離の広がり、コロナ禍とインバウンドなどについて説明してきた。しかし、さほど大きな関心を呼んだとは思えない。学生たちの観光・旅行業界に対するまなざしは芳しいものではないことは、以前にも小欄で書いた。コロナ禍によって宿泊業や鉄道、航空などが打撃を受けたことを彼女らは知っているからだ。これらの業界に就職した先輩からの話として、給料が下がった、配置転換を強いられた、最悪の場合は退職せざるを得なかったなどの話を聞き、フラジャイル(もろい)な業種として受け止められている。そのため、日本の宿泊業の強みと課題などを論じても興味が湧かないのだろう。
そうした中で、聖地巡礼に反響があったのは旅離れが起きているという若者を引き付けることができる。旅の動機は何でも良いと気づいた。
お気に入りのアニメに導かれ聖地を訪れる。作品の中に登場する土地や飲食店などを巡る。インスタ映えする場所をスマホに収め、SNSで発信する。散策途中に地元のグルメを味わってもいいし、温泉に浸かってもいい。もちろん宿泊して、その地の暮らしや自然に触れれば、なおよい。それがきっかけで、旅の楽しさが刷り込まれるのではないか。こうした思い出が将来、家庭を持ったときに旅行をしてみようということにつながる。
また、アニメは国が音頭を取って展開している「クールジャパン」の有力コンテンツでもある。ご存じのように「クールジャパン」は食やポップカルチャー、そしてアニメなど日本の「かっこいい」ソフトパワーを海外に発信する事業だ。こうした官民挙げてのキャンペーンによって、日本を訪れる外国人の中には、アニメの聖地巡礼をしたい、関連グッズを手に入れたいという思いだけで繰り返し日本にやってくる若者もいる。
筆者はアニメに関心がなかった。正直言って、アニメが観光振興にどれほどの威力を発揮するかもピンとこなかった。前職である旅の月刊誌、旅行読売で「アニメによる地域起こし」を取り上げた際も空振りだった。読者がアニメとなじみの薄い50代以上の層が多かったことが原因だと分析できた。にもかかわらず、特集を組んだのは、新たな読者層を得たいからだったのだが、目論見は外れてしまった。
しかし、今回20歳前後の学生の反応を目の当たりにして、アニメが集客力ある観光素材であることに気づかされた。単に巡礼するだけでなく、食や買い物、アニメにまつわる体験を織り交ぜた企画をすれば、もっと経済効果が見込めるという学生からの指摘もあった。すでに聖地巡礼のスタンプラリーを実施しているなどの創意工夫もある。
もっとも、テレビや映画、そしてアニメの舞台を旅するコンテンツツーリズムの効果はすでに検証されていて、今さらながらアニメの聖地巡礼効果に驚く筆者は不明を恥じなければならない。学生の若い感性に教えられたことは、大きな収穫だった。
(日本旅行作家協会理事、元旅行読売出版社社長)