【一寸先は旅 人 宿 街 20】女将カードの笑顔の陰でカスハラ 神崎公一


 女将カードが大きな話題となっている。茨城デスティネーションキャンペーンの特別企画として、いばらき女将の会がマイク・ポップコーンと提携して、商品の袋の中に、笑みを浮かべた女将さんたちの写真付きのカードを入れ発売した。その結果、カードコレクターが夢中になって集め始めたというのだ。早くも全28種のうち、売り切れも多く、茨城への集客にも大きな効果を発揮しているとの声もある。

 茨城県といえば、これまでイメージが良くなく、むしろダサイ県として話題になった。しかし、女将たちの笑顔がはじけるカードによって一挙にイメージアップにつながるかもしれないと期待は大きい。

 ところで、旅館の女将というのはとてつもなく大変な仕事だと思う。草津温泉でメディア向け勉強会に参加したことがあった。ひと仕事終えた女将も着物姿で加わり、夜遅くまで草津の課題と将来性などを話しあった。翌朝、粉雪が舞う中、その女将が今度は洋服姿でお客さんを見送り、さらに駐車場に出て車の誘導をしていた。一体何時間働くのか。しかも笑顔を絶やさず、あらゆることに気を配り、実にご苦労なことだと感じ入った。

 そんな女将の1人から本音を聞いたことがある。「お客さまは神さまだと思っていますけれどね」と前置きした上で、こう明かした。「あまりにもわがままな方もいらっしゃるのですよ。そんな方は二度と来てほしくないと心の中でつぶやくものです。例えば、お客さまが到着されて、私たちがお荷物をお運びします。その時ある女性客は小さなポーチを私に渡してこう言いました。『これ高いのよ。落として傷なんかつけないでね』」。そのようなことは十分心得ている。わざわざきつい言葉で言われなくても分かっている。正直嫌なお客さまだなと思ったと語った。

 しかも、最近困ったことには、苦情を直接受け取ればまだしも、SNSで発信したり、場合によっては現場を撮影した動画が流されたりしてしまう。旅館側に落ち度がある場合もあるかもしれない。しかし、客側の勘違いやそこまで旅館側に要求するのは酷なケースもあるはずだ。

 SNSは匿名でしかも簡単に投稿できる。それを確認もせず、第三者が拡散することも可能だ。電話、あるいはファックス、手紙で苦情を伝えるより、ずっと簡単なだけに、無責任な情報が広まりやすい。

 かつて筆者が新聞社に勤めていた頃の応対は、今考えると恐ろしい。地方支局の泊まり勤務明けの早朝6時、高校野球の県大会が雨により中止かどうかの問いあわせがあった。地方版には県高野連の問いあわせ番号が記載されているので、そちらにかけてもらう方がずっと早い。新聞社とてまだ情報を手に入れてないこともある。それなのに今日試合が行われるかどうか、教えろと命令口調で言われても対応のしようがなかった。

 最初は県高野連のテレホンサービスを利用してくださいと丁寧に答えていたが、あまりにも一方的に「あんたがテレホンサービスに尋ねた上で電話をかけ直せ」などと言われた際、こちらも若気の至りも至りで、「そこまでは新聞はサービスしていない。二度手間になるから、自分でやってくれ」と乱暴に答えてしまったことがあった。今なら録音され、あっという間に拡散されたかもしれない。

 このような理不尽な要求にしても旅館やホテルはお客さま商売なのでぐっと堪えて対応せざるを得ないこともあるだろう。そうした極端な迷惑行為を繰り返す客に対し、宿泊を拒否できるようになる。改正旅館業法が12月13日に施行され、いわゆるカスタマーハラスメントの防止が実現するからだ。女将カードの笑顔の陰で悔しい思いをしている女将、そして従業員にとって朗報になることを願わざるを得ない。

 (日本旅行作家協会理事、元旅行読売出版社社長)
      

 
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