コロナ禍で飲食店の営業が制限されていたころ、東京・上野のアメ横にある中国満州料理の店に行こうと思い立った。日曜の午後3時過ぎのことだ。電話して営業時間を尋ねると、「6時までですよ。お待ちしています」と言われた。「それではすぐに向かいます」と答えたら、なんと朝6時まで営業しているとの返答で驚いたことを鮮明に覚えている。
中華料理店はランチタイムから深夜、未明まで昼休みもなく、ぶっ続けで営業しているケースも多く、その商魂に感服する。一方、ここ数年で流行語にもなった“ガチ中華”と称される香辛料をたっぷりと効かせ本場の味を提供する中国料理店も話題となっている。東京・池袋では、そうしたガチ中華の店が相次いで開店しているほか、中国料理のフードコートも登場した。店員は中国人で、お客さんも在日中国人と思しき人たちでにぎわい、店内は中国語が飛び交っている。
ちなみに、中華料理とは日本人の口に合うようにアレンジされた料理であり、中国料理は本場の味を変えずにそのまま提供する料理と言われている。
筆者がしばしば行く池袋の四川料理の激辛火鍋店は、そうした中国料理の店の一つだ。池袋駅前のビルの大きな店舗。味も素晴らしいが、サービスも行き届いている。ある時、湯気がもうもうとする鍋をのぞきこんだらメガネが曇ってしまった。すると、店員がメガネ拭きを持って小走りで飛んできた。注文はタブレットで行い明朗会計、トイレは高級ホテルのように広くて清潔だ。
なぜ、中国料理について記したかを説明する。中国広東省深セン市で日本人学校に通う男児が刺殺される痛ましい事件が起きた。現地の日本人たちは外出時には日本語による大声で会話するのを避ける、日本人と分かる服装をしないなどを申し合わせており、不安な日々を過ごしていると報じられている。
ネット上には外務省は中国への渡航者に対し、危険情報をレベル1でもいいから通知せよとの書き込みもみられる。
日本と中国の間には長い歴史がある。1980年にNHKが放送した特集、シルクロードによって中国西域への旅行は人気を博し、ブームを巻き起こした。また三国志の舞台を訪ねる旅も歴史好きにはたまらない。こうした強力な旅のコンテンツがあるにもかかわらず、訪中旅行は増えていない。日本を訪れる中国人観光客が増えているのとは対照的だ。
訪中にはビザが必要であり、筆者も5月に福建省に旅をする際、ビザ取得に時間がかかった。日本政府がビザ免除を再三要望しているが、なかなか実現しない。
近年、日中関係が難しい時期に入っているのは承知している。日本人男児刺殺事件で、筆者も家族や友人から「中国は怖い。旅行などもってのほか。海外旅行ならほかにも行く地域があるでしょ」と言われる。以前なら気にしなかったが、さすがに考えてしまう。それなら、せいぜいおいしい中国料理店に通い、現地で食べた本場の味を思い出し、一刻も早く安心して中国の地を踏める時が来ることを願うばかりだ。
(日本旅行作家協会理事、元旅行読売出版社社長)