【一寸先は旅 人 宿 街 34】やさしい日本語は難しい 神崎公一


 東京や大阪、京都などには外国人旅行者があふれている。グループや家族連れ、カップルがスマホ片手に電車で移動したり、飲食店や買い物を楽しんだりしてる。ガイドに連れられての団体客はあまり見かけない。

 ある日、山手線のこのような車内放送があった。「新宿駅で車両故障のため、列車に遅延が生じています。運転再開の見込みはたっていません」。通勤時間帯にはやや外れていたが、車内はざわめいた。その一方、乗り合わせた外国人は何のことか分からないようで、互いが顔を見合わせ、困ったような表情をしていた。

 JRや私鉄では、行先や停車駅など簡単な英語放送を耳にするが、ちょっと込み入った内容は日本語のみだ。私たち日本人にとっては、理解できる内容でも、少し日本語が分かる外国人旅行者でもどの程度理解できるか疑問だ。

 例えば前記の「遅延が生じている」との言い方は「電車が遅れている」と言えばもっと分かりやすい。地震が起き列車が徐行運転をした場合、「ただいま○○地方を震源とする地震が観測されました。断続的に余震も予測されるため、徐行運転をいたします」。

 こうした場合、地震のない国・地域からの外国人にとっては、言葉の意味の理解もさることながら、ひとつひとつの用語もなじみのないものかもしれない。筆者も「断続的に余震」のやさしい言い回しを考えてみたが、意外に難しい。「これからも(小さな揺れも含めて)地震が起きるかもしれません」などか。

 こうしたやさしい日本語は使うことは国や自治体も推進している。例えば鳥取県は、『やさしい日本語文例集』を作り、啓発活動をしている。1995年1月の阪神・淡路大震災の際、日本語が分からず必要な情報を受け取ることができなかった外国人がいたことを踏まえた対応だという。

 鳥取県では、行政、医療、観光、災害の四つの分野に分けて言い換えを例示している。鳥取観光の目玉である砂丘については、「鳥取砂丘は日本で一番有名な砂丘です」を「砂丘は風で砂がたくさん集まった場所のことです」と補足。ここまで補う必要があるかとも思うが、親切であることには違いない。

 一方、外国人向けに言い換えが必要なのが、「土足厳禁↓靴を脱いでください」「部屋食↓お部屋にお料理を運ぶので召し上がってください」など、いくつもある。

 さらに、小欄の読者にとっては日常使っていても、一般的とは言えない用語がある。筆者は短大で観光関連の講座を受け持っている。教養科目であり、観光・旅行業を目指す学生ばかりでないので、業界用語は言い換えて説明するよう心がけている。ある授業の資料を作っている時、泊食分離の意味が分かるかなと思ったので、素泊まり、もしくは1泊朝食付きの宿泊プランであると説明することにした。授業が始まり、泊食分離と話したら、学生たちはポカンとしていたが、補足したら納得した。

 ここまで書いてきて小欄の書きぶりはやさしい日本語になっているかと不安になってきた。古巣の読売新聞では、中学3年生程度でも分かるように書けと教わった。読者の皆さまのご意見をいただければ、幸甚ではなく、幸いです。

 (日本旅行作家協会理事、元旅行読売出版社社長)


(2025年2月10日号掲載コラム)

 
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