【一寸先は旅 人 宿 街 35】やさしい日本語は難しい 神崎公一


 イタリアやフランスなど地中海沿岸を旅して英語のガイドツアーに加わった。カトリックの有名な教会、歴史的建物などを巡るなかで、欧米からの参加者たちが相づちを打ったり、笑ったりしても、筆者夫婦だけは取り残されたようにぽかんとせざるを得ない場面があった。買い物や移動のためのトラベル英語程度の会話しかできないため、他の客は反応してもどうしようもなかったのだ。それに加えて知識不足。ヨーロッパを訪れるのなら、もう少しキリスト教の基礎知識や歴史を学んでから出かければよかったといつも後悔する。しかし、「喉元過ぎれば」で帰国すれば忘れてしまう。

 ガイドに案内を乞う旅行者側の事前の勉強も大切な一方、ガイドの質を高めることが欠かせない。インバウンドの勢いが衰えないなかで、彼らに日本の文化や歴史をもっと理解してもらうためだ。観光庁も注力しており、2025年度予算でも引き続き「通訳ガイド制度の充実・強化」を掲げている。

 外国人旅行者は、家族や友達などでのFITが多く、スマホ片手に自分たちで情報を得て旅をする傾向が強い。しかし、ガイドの説明に耳を傾け、深い日本の文化を知ろうとしている人々が一定数いる。

 英語ガイドを行っている友人が大相撲を見学したとき体験を明かしてくれた。「なぜ塩をまくのか」「褌(まわし)につけている下がりは、どのような意味があるのか」など、説明に窮する問いが相次いだという。

 また、「神社の鳥居は何のために立っているのか」なども尋ねられた。ガイドを始める際、英語のブラッシュアップとともに日本の地理や歴史も学んだが、こうした質問は意表をつくもので、想定外だったらしい。

 特にここ数年、増えているリピーターは、素朴な疑問に加え、突っ込んだ質問をしてくるので、場合によっては相手の外国人の方が知っているケースもあった。そのため、それなりにガイド側も勉強し、準備を怠らないようにしないと立ち往生をしてしまう時があると明かした。
 一方、ドイツ語専門のベテランガイドは、相手の興味や日本に関する知識レベルを見極めてプランを作って実施していると話す。少人数グループの場合は、しっかり事前に調べてくる人が多いので、それなりの説明が必要だという。

 例えば、明治神宮を案内する場合は、約260年も続いた徳川幕府が終焉(しゅうえん)を迎え、日本の近代化の幕開けである明治維新以降、日本を司った明治天皇を祭った神社であることを歴史、文化などを交えて話す。このことを踏まえて皇居に向かったら、ここは江戸城があった場所で徳川幕府の居城だと関連付けて説くと興味を持って聞いてくれるという。

 旅が豊かになるには、来日前に少しだけでもいいから学んでくることが必要であり、ガイドの説明もより理解が進むと、彼は体験からアドバイスする。冒頭に記したように、われわれが海外を訪れる際もこの教えは貴重だ。筆者は、海外から帰国後、手軽な新書でよいからその地域の関連図書を読むことで、旅の記憶が蘇り、ガイドの説明にはこうした背景があったのかと納得することが多い。ただ、事前にもっと情報収集しておけばと悔やむことしきりだ。

 (日本旅行作家協会理事、元旅行読売出版社社長)


(観光経済新聞2025年3月10日掲載コラム)

 
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