
フジテレビが1月末に行った中居氏関連の記者会見は、10時間超という長さにも驚いたが、傍若無人なメディアの態度にへきえきとした向きも多いだろう。筆者もその1人である。会見の様子を見ていて駆け出しの新聞記者時代の激しいやり取りを振り返って考えさせられた。
言い訳と受け取られるかもしれないが、会見で詰問調になるのはそれなりの理由がある。警察や役所では担当者にだんまりを決め込まれたり、しらを切られたりした経験は数えきれない。また、事件取材の過程で犯人とおぼしき男を直撃、対峙(たいじ)しなくてはならなかったこともあり、強い姿勢で臨まざるを得なかった。その癖が暮らしの中の外食や買い物時に顔をのぞかせ、家族から注意されることもある。まさしくカスタマーハラスメント(以下カスハラ)だ。
日本旅行業協会(JATA)は、「カスタマーハラスメントに対する基本方針」を策定し、3月12日に会員会社へ発信した。
カスハラは介護や医療現場に多発しているとされている。しかし、かねてから旅行業界でも懸案となっており、カスハラを防止、「就業者」を守る対策が離職防止の決め手の一つであるとの認識も示された。基本方針で、「従業員」とせず、「就業者」としたのは、派遣添乗員やフリーランスの人たちが多い旅行業界ならではの事情だ。小規模な会社の場合、経営者自らが顧客対応することもあるためだ。
旅行業界は究極のサービス業であり、日本特有の「お客様は神様」との接客態度が貫かれている。それは素晴らしいおもてなしの姿勢であり、外国人旅行者が感激する要素でもある。ただし、「神様であるお客様」側もお金を払うのだから何をしてもいいわけではなく、礼節をわきまえなければならないのは当然だ。
JATAが例示したカスハラの具体例は12項目にのぼる。その一部を挙げると次のような行為が問題となる。長時間にわたり就業者を拘束したり、長電話で苦情を話し続けたりする。通常業務に支障を及ぼす過度の追及をする。暴言を吐いてどう喝する。セクシャルハラスメントもある。旅先でお酒が入り、理性のタガが外れてしまうのかもしれない。もちろん、これらの例は、あくまでその一部であり、限定されるものではないという。
また、SNSやインターネット上での誹謗(ひぼう)中傷のような問題行為もある。同意抜きの写真撮影、録画・録音などもスマホで簡単にできる時代だ。従業員のネームプレートを見て、氏名をさらしての個人攻撃や非難はたまったものではない。若者言葉で表せば、まさに「心が折れる」のだ。
筆者も旅先の取材で目を疑うような、耳を覆いたくなるようなカスハラを目撃したことがあった。
ある日帰り温泉施設の受付で、客が女性従業員を怒鳴りつけていた。その理由は知る由もなかったが、漏れてきた客の言い分は理不尽に聞こえた。そのうち「あんたではラチが明かない。責任者を呼べ」と怒りはエスカレート。休日夕方のかきいれ時で、施設側はもちろん、他の客にとっても受け付けができず迷惑このうえなかった。一部の客のカスハラによって、周囲は不快な思いをして旅の思い出が台無しになる。実に悲しい。
(日本旅行作家協会理事、元旅行読売出版社社長)
(観光経済新聞2025年4月14日号掲載コラム)