外国人雇用の啓発と制度改革を推進
――日本旅館協会で労務委員会の委員長を務められている。
「委員長になって約10年(2020、21年度は政策委員会に所属)、労務管理や人材育成、生産性向上の推進など、旅館の人手不足解消に向けて果敢に取り組んできた。外国人の採用・定着については、いまだ一歩前に踏み出せていないのが現状だ」
――その原因として何が考えられるか。
「コミュニケーションや書類作成に対する不安、イニシャルコスト(初期費用)などさまざま。外国人材に興味はあるものの、採用にまで至らない宿泊施設は50%に上る。雇用に向けて一歩前に踏み出すための策を講じ、会員施設の人手不足解消を図ることが委員会の使命だ」
――外国人雇用のメリットをどのように発信していくか。
「特定技能の受検制度が整った今、これからは『啓発活動』が重要。現在は、当協会が3カ月に一度発行している会報誌に『旅館で働く外国人』をテーマにした連載を行っている。外国人スタッフに仕事内容ややりがいなどを聞いてインタビュー形式で紹介しており、雇用に対して会員に前向きなイメージを持ってもらえるよう努めている」
――人材の流失が懸念されている。
「特定技能、技人国は転職が認められているため、優秀な人材の引き抜きが生じている。近年は、地方で1~2年働き、日本語や日本での生活に慣れた頃、より条件のよい都会の企業に引き抜かれることも少なくない。宿泊とは全く違う分野に転職する人もいる」
「雇用には1人当たり数十万円のイニシャルコストがかかる。例えば50万円のイニシャルコストをかけて5年の就労を期待しても、1年で辞めてしまうと単純計算で1年あたり10万円、辞めた後の残りの40万円も最初に雇用した会社が負担することになる。現在の制度では転職先の会社がコスト0で優秀な人材を雇えてしまう。転職の自由は保障されているが、初期費用に対して雇用期間が短いことが懸念となり、雇用に踏み切れていないケースも多い」
「この問題について入管庁や厚労省も理解しているが、なかなか効果的な解決策を見いだせていないのが現状だ。制度の見直しでいかにリスクを減らせるかが重要であり、制度改革の陳情活動も視野に取り組んでいきたい」
――自身が経営するほほえみの宿滝の湯(山形県・天童温泉)では積極的に外国人材を雇用している。
「従業員87人のうち、外国人スタッフは4人。在留資格は特定技能3人と技人国1人で、国籍は韓国とミャンマー。韓国人スタッフは勤続10年目で、現在は総務課長として活躍している。観光庁事業として全旅連が9月24~26日にインド・ネパールで開催した『ジョブフェア&マッチングイベント』がきっかけで、新たにインド人の特定技能1人の雇用が決定した」
――宿泊客の評価は。
「非常に評判がよい。何事にも一生懸命で、言葉のハンディキャップがある分、行動でカバーしようとする姿勢がみられる。英語が堪能な彼らはインバウンド客の第一線に立って接客してくれており、宿泊客からの満足度も高い」
「外国人スタッフの仕事に対する意欲は、日本人スタッフにも良い刺激を与えている。『英語を話せるようになりたい』という日本人スタッフの強い思いに応えるため、11月5日から天童温泉内で『英会話教室』をスタートする。私が代表を務めるDMC天童温泉が主催し、旅館・ホテルのスタッフが対象。講師は地元の旅行会社、山新観光(山形市)のアメリカ人スタッフが担当する。インバウンド客が増える来年1月から実践できるよう、スケジュールを組んでいる。これらは人材育成の一環にはなるが、学びの場を提供することでスタッフのモチベーションも大きく変わる」
「天童温泉では泊食分離を進めており、地域の飲食店やスナックもインバウンド客への対応について同様の悩みを抱えている。いずれは地域にまで拡大して運営したい」
――外国人スタッフの待遇について。
「基本給の引き上げに加え、日本語能力試験の合格時や、特定技能の1号から2号に移行したタイミングなどにインセンティブを提供することでスタッフのやる気を高めている」
――外国人スタッフ同士の交流は。
「DMC天童温泉は登録支援機関としても機能しているため、3~4カ月に1回、天童温泉で働く宿のオーナーや日本人スタッフを交えて、バーベキューや芋煮会などを開き交流を深めている」
――雇用を検討する宿泊事業者にアドバイスを。
「働く環境を整えたり、丁寧にフォローしたりしても、離職してしまう人は一定数存在する。『〇〇人は働かない』『〇〇人はすぐに辞めてしまう』といった意見がしばしば聞かれるが、国の文化に基づく傾向はあっても仕事に対する考え方や向き合い方は人それぞれであり、また、数十分の面接で全てを把握することは難しい。そういった心配はあまり必要ないので、もっと雇用をポジティブに捉えてほしい」
【聞き手・溝部あゆ美】
日本旅館協会労務委員会委員長・山口敦史氏