【人手不足の時代に】経営者・識者インタビュー リクルート ジョブズリサーチセンター センター長・宇佐川邦子氏に聞く


リクルート ジョブズリサーチセンター センター長・宇佐川邦子氏

業界の「当たり前」「仕方がない」見直す

 ――さまざまな業界の求人・採用活動、人材育成・定着、活躍促進に詳しいが、宿泊産業の人手不足をどう見ているか。

 宿泊産業は他の産業と違い、若者にも人気の職種であり、一定の採用、入職があるものの、30~40代で離職率が高くなる。結婚、出産、育児などのライフイベントや、働き方の問題を理由に離職してしまう。若手が離職せざるを得ないというのは、産業界にとっても、働き手にとってももったいない。観光産業はこれからの日本にとって数少ない成長産業であり、インバウンドなどを通じて地域活性化に直結する重要な基幹産業。だからこそ、人材不足を改善してミスマッチを解消すべきだろう。

 ――人手不足の原因は。

 宿泊業界の「当たり前」「仕方がない」に原因があるのではないか。離職の理由のトップは、宿泊産業だけでなく、多くの産業において「給与への不満」だが、宿泊産業で特徴的なのは、「長期休暇が取れない」や「シフトなど不定期な働き方」といった理由が上位に入ること。休日・休暇、労働時間など、業務負荷が大きいとする回答の割合は、他の業界より高い傾向にある。労働環境や職場環境を改善する必要がある。

 ――業界の「当たり前」「仕方がない」とは。

 例えば、宿泊業なのだから土曜、日曜は休めない、という「当たり前」がある。しかし、子育て世代を中心に、特に日曜に休みたいという希望はとても多い。子どもの面倒を見てくれる人が身近にいないと、日曜に働くことは難しいからだ。しかし、「当たり前」を見直し、業務の切り分け方を変えただけで解決した事例がある。ある旅館では、日曜のどの時間に誰がどんな業務に従事しているか調べたが、忙しいのは朝食、チェックアウトの時間だけだった。そこで、その旅館では、近隣に住むシニアの方をパートタイムで採用し、日曜の朝食対応などを任せた。そうすることで若手社員が日曜に休めるようになった。こうした改善事例は一つや二つではない。休館日という発想も、少し前の宿泊業界では一般的ではなかったが、今では週2日休館という施設もある。業界の「当たり前」「仕方がない」を一つ一つ見直す必要がある。

 ――業務の見直し、人材確保のポイントは。

 今挙げたのは、既存の業務を分解し、短時間の業務に切り出し、地元シニアを採用して課題を解決した事例だ。地元のシニア人材にはもっと注目すべきだ。もともと働く人の理想の通勤時間は片道30分。必然的に30分圏内の住民が採用のターゲットになる。若い人が少ない地域でもシニアの方はいることが多い。シニアの中には、賃金のためというより、仕事を通じて社会に関わり続けたい、地元に貢献したいという方も多い。働く時間は短時間でいい。これを私たちは「プチ勤務」と呼んでいるが、フルタイムにこだわらず、短時間の仕事を1日3時間、週2日からでOKというように切り出して募集する。旅館の中には、70代のプチ勤務のシニアが社員の中で最も高い接客評価を受けているという施設もある。これは高齢者の雇用を促進しようという話ではない。若手の離職を防ぎ、将来を担う人材を会社に残すために、地元のシニアに活躍してもらって、若手社員の業務負荷を下げようという取り組みだ。

 ――シニア以外の人材確保策は。

 今後は外国人材の活用も重要になってくるが、即戦力として考えるには、採用や育成に時間がかかる。即戦力としては、副業・兼業人材にも大きな可能性がある。ここでいうのは、正社員で働いている人がリモートワークとして行う副業・兼業。これの良いところは大都市圏にいながら、地方の仕事ができること。リクルートでは「ふるさと副業」としてマッチングサービスを提供しているが、地方の案件と大都市圏の人材をつなぐことで双方にプラスがある。地方に故郷と呼べる場所はないが、地方の活性化に貢献したいと考えている人はとても多い。地方の旅館・ホテルにはリモートワークの仕事はないと考えている人もいるようだが、実際に、SNSブランディングやECサイトの構築、顧客データの2次活用などの業務で副業・兼業人材を募集し、成果を上げている施設が出てきている。

 ――人材をとりまく環境の見通し、今後、宿泊事業者が考えるべきことは。

 国内の少子化や人口減少の問題は簡単に解決しない。外国人材だけで人手不足を補うことも難しい。観光産業ではインバウンドの拡大が見込まれるし、人材の需要がさらに高まる産業は他にもある。人材の取り合いは当分続く。人材確保には、短期的な打ち手と中長期的な打ち手、分けて取り組むべきだろう。若手社員の離職を防止して会社を担う人材を育成するというのは中長期的な打ち手に入るが、短期的な超現実路線の人材確保策としては、先ほどお話しした地元シニアのプチ勤務にまずは取り組んでみてはどうか。即戦力の人材はまず地元の人たちで足元を固めるべき。地元の人の活躍という意味でもとても価値があり、地元の活性化への貢献にもつながる。何より最優先なのは、人手不足で現場が過重労働になって離職が起きるという状況もあるので、まずはそうした取り組みで過重労働を取り除くこと。業界の「当たり前」「仕方がない」をそのままにするのではなく、お客さま視点、働き手視点で見直していくことが一番大事ではないか。

【聞き手・向野悟】


リクルート ジョブズリサーチセンター センター長・宇佐川邦子氏

 
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