【口福のおすそわけ 511】江戸の屋台めしその3 竹内美樹


 江戸時代の屋台の流行について、前号まで2回にわたって述べてきた。火除地など、屋台に適した場所があったことや、独り暮らしの男性の増加で屋台めしのニーズがあったこと、ファストフードが江戸っ子気質にピッタリだったことなどが主な理由だった。

 それ以外に、庶民が暮らす長屋の構造も屋台人気に関係していたらしい。一般的な長屋は、広さが3坪、つまり6畳のワンルームだ。そのうち、寝起きし食事をする居住空間は4畳半で、入り口にある土間兼台所は、わずか1畳半だとか。

 実際、どんな感じだったのだろう? …というワケで、天保末期の深川佐賀町の町並みを実物大で再現した、「江東区深川江戸資料館」へ行ってみた。階段を下りると、そこは江戸の町。まるでタイムスリップしたかのようだ。大店の肥料問屋や八百屋、舂米(しょうまい)屋があり、大店には土蔵もある。船宿の向こうには川が流れ、当時の水上タクシー猪牙舟(ちょきぶね)も浮かんでいる。火の見やぐらの前に火除地として設けられた広場には、水茶屋とてんぷらの床店、二八そば・いなりずしの屋台が。

 そしていよいよ目的の長屋へ。職業や年齢まで設定された5家族が住んでいる様子が再現されており、例えば木場の木挽(こび)き職人大吉の住まいには、壁に商売道具の大のこぎりが掛かっているなど、今にも本人たちが現れそうな雰囲気。靴を脱げば部屋に上がれるので、筆者も体験。うぅ~ん、予想以上に狭い。二つ口のかまどは一つに羽釜、もう一つに鍋が載っていたが、調理スペースはないに等しい。

 かまどを眺めていると、解説ボランティアの女性が声をかけてくださった。朝、井戸水をくんできて、ご飯を炊き、みそ汁を作るのだが、まきを節約するため、ご飯を炊くのは朝一度だけで、昼と夜は冷やご飯を食べていたそうだ。彼女が天井から下がるひもを引くと、かまどの上の小さな天窓が開いた。長屋には窓がないので、換気のために使うという。確かに、この狭さでかまどに火を起こしたら、煙だらけになるに違いない。そんな住宅事情もあって、サッと食事を済ませられる屋台めしの人気が高まったようだ。

 長屋には、てんびん棒を担いだ行商人「棒手振(ぼてふり)」が豆腐や納豆、野菜や魚、アサリやシジミのむき身などを売りにきた。冷蔵庫がないから、日々食材を買う必要があったからだ。炊事は手間が掛かるので、煮魚や煮豆等の総菜を売る「煮売屋」もはやったという。行商スタイルや屋台もあったが、その場で食べられ酒も飲める「煮売茶屋」まで登場、居酒屋の元祖らしい。

 電気やガスはおろか、水道すらなく、井戸もトイレも共同、お風呂は湯屋に行くという長屋生活でも、屋台めしは人々にとって身近な楽しみだったようだ。資料館のてんぷら屋台には、ワンハンドで気軽に食せる、串刺しのてんぷらが並んでいた。1本4文と安価だったのは、江戸前の新鮮な魚介類があればこそ。われわれは便利な生活を手に入れたが、その分失った物もあるのだと、改めて感じた。

 ※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。

 
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