【口福のおすそわけ 514】すし屋用語「符丁」 竹内美樹


 前々回、すし屋の符丁(ふちょう)で、シャコは車庫にかけてガレージと言うそうだと書いたところ、読んでくださった方から「知らなかった」とメールをいただいた。英語を使っているので、第2次大戦以降に生まれた符丁だそうだが、単にダジャレだけでなく、「シャコ」と「タコ」を間違えないようにという理由もあるのだとか。

 我田引水だが、筆者が役員を務めているお弁当製造販売会社の総料理長が、元すし職人だったので、すし屋の符丁について教わったことがある。例えば「兄貴」とは、先に仕込んであった古いネタを意味するという。そして「逃がす」は捨てるという意味。つまり「兄貴を逃がしてくれ」というのは、「古いネタを捨ててくれ」ということだそうだ。何だか、任侠モノの映画のセリフのようだ。

 ヤクザっぽいといえば、もう一つは「鉄砲」。コレはかんぴょう巻きのことを指すという。細巻きの姿が、鉄砲の筒と似ているからだそう。かんぴょう巻きは「木津(きづ)巻き」とも呼ばれる。諸説あるが、かんぴょう生産発祥の地といわれる摂津国木津(現在の大阪市浪速区)にちなんでそう呼ばれるらしい。今では国産かんぴょうのほとんどが栃木県産だが、かつては関西の特産品だったようだ。

 他にも、しょうゆは「ムラサキ」、ワサビは「ナミダ」、しゃもじが「宮島」など、すし屋にはさまざまな符丁があるが、通ぶって間違った使い方をしちゃあいけない。例えばお茶を意味する「アガリ」。コレも諸説あるが、江戸時代の花柳界で、お客さまが帰る前に出すお茶を「上がり花(あがりばな)」と言ったのが由来だそうで、すし職人が店員に、「お客さまに締めのお茶を出して下さい」と伝える際に使う言葉だそう。カウンターに座ってスグ「アガリ下さい」と言うのは間違いなのだとか。また、お会計を意味する「おあいそ」も同様に店側が使う言葉で、「御愛想がなくて申し訳ない」の略なのだとか。

 確かに、すし屋の符丁は難しい。ここに数字が入ってくると、もっとややこしくなる。「アガリダリで」って、何じゃそりゃ? ダリとは数字の4のことだそうで、お茶四つという意味だ。ゲタは鼻緒を付けるために三つ穴が開いているから3を意味するなんて、まだ覚えやすいが、チョンブリが12だなんて、もうムリ。すし職人になるには記憶力も必要なのである!
 ナゼ数字を符丁で表すのか? 最近おまかせで価格を明示する店が増えたが、かつて高級すし店では、時価ネタも扱うため、お客さまに数字の意味が分からないよう、符丁つまり隠語を使った。それは接待客への配慮でもある。「いち」と「しち」など聞き間違えを防ぐためでもあるそうだ。

 すし職人、天ぷら職人など、お客さまの前に自分をさらして接客する商売は「さらしの商売」と呼ばれる。カウンターはすし職人にとって舞台なのだ。われわれ客にとっては、劇場のような空間。目の前で職人芸を見られるライブ感、そしてスグそれが味わえる口福。あぁ、おすし食べに行こう♪

 ※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。

 
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