【口福のおすそわけ 526】磯雪そば 竹内美樹


 そば好きの筆者、どうしても食べてみたいそばがあった。そば業界の絶滅危惧種と呼ばれる、「磯雪(いそゆき)」である。コレを食べられるのが東京都中央区にある「つきじ文化人」。「新しい老舗」をコンセプトに、2013年開業。足立区綾瀬の名店「重吉」で修業したという店主、松田裕次郎氏のこだわりが随所にあふれている。メニューもそば店には珍しく、コースのみである。

 先日、初訪問の機会を得た。コース内容は、先付・本日のそば(冷小椀(わん))・カモ一品(宮城県産蔵王鴨)・店主おすすめ3点盛り・本日のそば(小椀)・上焼きのり(有明海産)・青さのりのだし巻き卵・もりまたはかけ。最後のそばは、好きな物を注文できる。迷うことなく+300円で磯雪をオーダー。

 まず、日本酒と共にそば味噌(みそ)が。そしてこの日の先付は焼き銀杏(ぎんなん)。ついつい杯が進んでしまう。中央のテーブルには、とちの木をくり抜いた大きな木鉢が。店の入り口横にある石臼でそばの実をひき、店内でそばを打つ、まさに「ひきたて・打ちたて・ゆでたて」の3たてが味わえるのだ。…って、実は打ちたてだけ少々違うらしい。打ちたて、つまり切ったばかりのそばは、そば粉と水が十分になじんでいないから、少し寝かせた方が良いらしい。

 話を戻そう。最初のそばは冷たいイクラそば。小さなお椀に入ったそばに、カイワレ大根とイクラのトッピング。つるんと喉越しの良い十割の細切りだ。全国のさまざまな産地のそばの実を厳選し使用、当日は福井県産大野在来種だった。

 続いてカモ焼き。香ばしくかつジューシー。3点盛りは、カツオとサーモンのお造り、生ハムいちじくと、小さな器に入ったまつたけのお吸い物。お次は小椀の温そば味噌なめこ。味噌が強すぎず、優しい味わい。焼きのりは、のり焙炉(ほいろ)と呼ばれる木箱で供される。中に仕込んだ炭火で、のりはパリッと焼きたてに。そして青さのりが入っただし巻き卵は、ふんわり食感で上品なお味。

 最後に、お待ちかねの磯雪そば。全卵をメレンゲ状に泡立て青さのりを散らし、冷たいそばと和えてある。見た目はとろろをかけた山かけ。そばつゆ入りの徳利(とっくり)とそば猪口(ちょこ)が一緒に運ばれてくる。卵の泡が絡んだそばを、少しだけつゆに浸して口へ運べば、ふわとろの絶品! キリっとエッジの立った風味豊かなそばだからこそ成立するマリアージュといえよう。

 温かいかけそばに、メレンゲ状に泡立てた卵白を載せる「淡雪そば」という東京の郷土そばがあった。卵が貴重だったころはやったが、いつの間にか絶滅危惧種に。食べ進むと泡が消えていくさまを、春先の淡雪に見立てたといわれ、青さのりが加わり「磯雪」に。店主にその発祥時期を尋ねると、江戸時代からあったそうだ。イマドキのTKGならぬTKS(卵かけそば)だ。

 店名の由来は、そばという和の食文化を求めて人が集う場所にしたいという店主の願い。伝統を守りつつ、独創性もある同店のそばは、その名を体現した口福の味であった。

 ※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。

 
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