【地域創生と観光ビジネス16】お酒は景色になりました 釜石の復興は地酒・浜千鳥とともに 淑徳大学経営学部観光経営学科学部長・教授 千葉千枝子


 山の稜線がリアス式海岸の近くに迫る風光明媚な港まち、岩手・釜石は、製鉄とラグビーで知られ、筆者の生まれ故郷でもある。
 東日本大震災の発生から10日、祖父らの安否確認に当地へ赴き、変わり果てたまちの姿に言葉を失った。春彼岸というのに小雪が舞うなか、グーグルのパーソンファインダーに寄せられた情報をもとに廃校の体育館へ向かった。悲しい対面だった。避難先で津波にのまれ、一家全滅だった。

 大町の生家には、所有者が分からない車が居間にめり込んでいる。散乱して泥まみれの家財道具に交じり、幾本もの未開封で無傷な「浜千鳥」があった。浮いて流れたのだろう。マスターズ陸上の投てき三種目で優勝してギネスブックにも載った、104歳(当時)の祖父・下川原孝が、こよなく愛した釜石の地酒である。潮を被ったアルバムなどと一緒に車に積んで、その夜は北上の宿で遺影を前に親族らと涙の献杯をした。

 あれから11年半。釜石は復興を果たし、大きく発展を遂げた。生家があった大町一帯は2014年に「イオンタウン釜石」に。釜石市民ホール「TETTO」や釜石情報交流センターが新たにまちのシンボルになった。にぎわいの場(商業ゾーン)は高台移転せず、かさあげして防災機能を増した。橋野高炉跡は「明治日本の産業革命遺産」の構成資産として世界遺産登録(15年)され、鵜住居スタジアムで「ラグビーワールドカップ2019」が開催されるなど、明るい話題が続いた。

 釜石の復興までの歩みを振り返ると、野田武則市長のリーダーシップのもと産業振興部長の平松福壽氏はじめ市役所の皆さんが、市民と地元企業、復興にたずさわるさまざまな人たちを有機的に結び付け、官民あげて懸命に取り組んできたのが分かる。

 陰日向で支えてきた民間の一人に、新里進氏がいる。釜石唯一の酒造会社「浜千鳥」の社長で、生前の祖父をよく知っていたことから、震災を機にお世話になってきた。

 工場は港から約5キロの内陸にあり、津波を免れたことで生産再開も早かった。釜石再興の“力水”になった。キャッチフレーズの「お酒は景色になりました」は、旅情を醸す。三陸のほや酢には、受賞作の「浜千鳥 純米大吟醸 吟ぎんが仕込み」がよくあう。

 同社の南部杜氏、奥村康太郎氏は埼玉出身で、震災の前年に資格選考試験を首席合格した異色の人材だ。また、「かまいしDMC」の代表・河東英宜氏はUターンして復興に尽力し、今では地域DMOの成功事例として講演の引き合いが多い。体験型観光で関係人口の増大を図り、特産品の地域商社の役割を担う。近ごろはワーケーションも取り入れた。

 釜石は人材の層が厚いが、課題も抱える。復興工事の需要増で震災後に客室数が増え、わずか4年で量的回復した。しかしコロナに見舞われ、今では供給過多の状態だ。復興道路・三陸道の全線開通でアクセスは向上したが、内陸に移り住む自動車通勤族が増え、かえって人口流出を招いた。新たな関係人口の創出と観光施策が求められる時期にきているようだ。

 さて、全国旅行支援も始まり気が緩んだころ、呑(の)んで転んで足首を負傷した。3年ぶりの忘年会は、飲み過ぎにくれぐれもご注意を。

 (淑徳大学 経営学部 観光経営学科 学部長・教授 千葉千枝子) 

 
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