【地域創生と観光ビジネス34】かみのやま温泉「月岡ホテル」 経営者女将が挑むPL共有と経営戦略 淑徳大学経営学部観光経営学科 学部長・教授 千葉千枝子


 山形・かみのやま温泉の「仙渓園 月岡ホテル」は、さかのぼること江戸初期の1644年に「堺屋旅館」の名で赤湯の地に創業し、大正末期に今の上山・新湯に進出した“老舗中の老舗”である。

 緑あふれる山水庭園が自慢の宿だが、それもそのはず。羽州の名城・上山城(別名・月岡城)の堀の一部を敷地にもつ。

 総客室数102室、大小宴会場を完備する近代的な大型旅館だが、なかでも立派なのが離れの特別室だ。手入れが行き届いた純和室で、凝った欄間や床の間にも歴史を感じさせる。この特別室は3代前の館主が、堀の水辺に建てたもの。かつては笹舟を浮かべて芸者を乗せて、池遊びもした。改築の折りに離れ別館に移築をして、新たな客人を迎え入れる。

 さて、笑顔がとても素敵な若女将の堺美奈子さんは、幼いころからバイオリンを奏でる才女で、一児の母でもある。20年前に家業を継ぐため東京からかみのやま温泉に戻り、のちに19代目当主に就いた

 この経営者女将がコロナ禍で挑んだのが、「働き方改革」だった。それまで年間98日だった従業員の休暇日数を120日に拡大させ、それと同時に、損益計算書、すなわちPLを全従業員に共有して、現況を知ってもらう取り組みを始めた。

 従業員は宿の経営状態が手に取るように分かり、個々の意識にも変化がみられたという。例えば、電気料金の高騰が経営を圧迫するなかで、エネルギー効率を考えた柔軟なルーミング(部屋割り)で対応することで、無駄が省ける。きびきびした動作は、若女将を支えようとする従業員の気持ちの表れのようにみえた。

 高付加価値化への転換にも着手している。従業員によるプロジェクトチームで、福島や宮城の旅館を視察して改善に役立てた。山形の四季を感じさせる料理の提供手法も近い将来、刷新するらしい。

 こうした変革は、ある意味「コロナの功罪」とも言える。今は、止血することを優先して、しかし品質は決して落とさない。ロイヤルカスタマーへの個別対応もきめ細やかで、リピーターを離すまいとする努力がみられる。

 去る7月半ば、同ホテルで恒例という「2023 SUMMER PARTY」に初めて参加した。3夜連続の最終日で、連日200席が満員御礼の盛況ぶり。山形の地酒はもちろん世界のビール9種に国産銘柄3社もしっかりそろい、飲み放題がうれしい。銘々料理のほか円卓盛り込みやフルーツカービングなどライブキッチン形式の提供もみられた。

 後半のお楽しみは生バンド。柿本重生氏が率いるバンドメンバーは、かつて女将が所属した音楽事務所時代からの長い付き合いだそう。「コーヒー・ルンバ」をはじめ懐かしの楽曲で盛り上がり、最後は総立ちになって踊った。昭和世代の筆者は、なんだか懐かしい気持ちと新鮮な思いが交錯した。フラメンコの師匠やお弟子さんもいて、これが楽しみで毎回、参加するという。女将の強力な応援団は、数知れないと感じた。

 投資ファンドに売却することなく、ポストコロナの生き残りをかけた老舗旅館の経営者女将。彼女が打つ次の一手が気になり、当分は目が離せない。

(淑徳大学 経営学部 観光経営学科 学部長・教授 千葉千枝子)

 

 
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