本土復帰から50年の節目を迎えた沖縄に想いを寄せた人は多いだろう。1879年の琉球処分に始まり、太平洋戦争での地上戦、戦後の米国施政権は27年間に及ぶなど、歴史に翻弄(ほんろう)された。
その沖縄の観光産業が飛躍的に発展したのは、ここ10年のこと。県内企業が力を付け、それまで搾取にも近かった発地(本土)主体の観光経済が、地域主体の好循環へと構造転換が進んだ。観光業は、県GDPの4分の1を占めるリーディング産業に発展を遂げた。県民所得が向上し、雇用も安定して、名実ともに観光立県へと成長を遂げたのである。
それだけにコロナの経済影響は、計り知れないものがあった。
時短営業や休業要請に応じた県内の飲食店には約1200億円もの協力金が支給されたが、観光業への公的補償はなく、苦境を訴える観光事業者が増えている。
「これまでの沖縄県の自粛要請に伴う観光事業者への協力金支給を実現させる会」の発起人の1人で、インバウンド系旅行会社・「EGL OKINAWA」(糸満市)の小島博子社長から、筆者へ署名を求める連絡が来たのは、ゴールデンウイーク直前のことだった。それからわずか1週間で、3千人以上の署名を集めたと聞いて驚いた。
コロナ禍で需要が落ち込んだ県内のレンタカー業界は、この3年で約4割を減車した。それが行動制限解除後の急回復で観光客が増え、深刻なレンタカー不足を招いた。
政府は6月から順次、外国人観光客の入国再開を進める方針だが、先行きは不透明だ。失った雇用を呼び戻すには時間もかかる。Go Toトラベル事業は中断したままで、各社とも経営余力が尽き始めている。
本土往来に旅券が必要だった米国統治下の1958年に創業した老舗の旅行会社「沖縄ツーリスト」(那覇市)は、会長の東良和氏が再び社長に就き、代表権を集中させる新たな人事を発表した。同会発起人の1人でもある。同社はコロナ禍、豊見城市豊崎の自社ビルを売却するなどして未曽有の危機を乗り越えた。
彼ら発起人の呼びかけで、周年式典を目前に控えた5月10日、県庁前で300人規模の決起集会を行い、切なる声を上げた。
余談だが、筆者が那覇出張でよく立ち寄る久茂地の居酒屋「えん沖縄」(又吉真由美社長)では、長引く休業要請に2021年暮れ、県庁前の百貨店「リウボウ」地下に惣菜店を出店して、事業再構築を図った。ホテル客室でのコンビニ飯にも飽きたころで、デパ地下惣菜はうってつけ。こうした、機を見るに敏の新業態進出も、公的補償あってのことといえよう。
旅行業はコロナからの立ち直りに、向こう10年はかかるという厳しい見方もある。ウクライナ情勢の悪化や長期化で消費者の海外旅行意欲が減退し、その代替デスティネーションに沖縄が注目されている。気になる台湾有事の可能性もロシア進行で静まり返り、今が好機となった。特殊事情にある沖縄で観光業の回復は、観光立国をめざすわが国の国益にもかなう。そのためにも観光事業者への公的補償など保護政策は欠かせない。
万国津梁の沖縄から、観光復興の狼煙(のろし)をあげる。それが正攻法ではないかと、筆者は考える。
(淑徳大学 経営学部 観光経営学科 学部長・教授 千葉千枝子)