約3万本の桜が咲き乱れる奈良・吉野山。「一目千本」と呼ばれるほどに、下千本から奥千本まで谷や尾根をピンク色に染め、天空の絶景を織りなす(らしい)。
去年4月上旬に初訪したときは、タイミングが合わず一面が葉桜で、花びら一枚なかった。そこで「今年こそは」と意気込んで、3月下旬に早めたが、寒の戻りで開花がずれこみ、これまた空振って蕾(つぼみ)は固いままだった。
自然が相手だから恨みようもない。こうなると是が非でも観たくなる。三度目の正直なるかで、来年も宿の予約を決心した。
この吉野山行きを毎年、企画手配、同行してくれるのが、都内で旅行会社ウエンズを営む西鳥羽洋子さんである。JTBで女性支店長がまだ珍しい時代に、渋谷道玄坂支店長などを歴任した大先輩で、長年、お世話になっている。
その西鳥羽さんのご子息・宮崎吐夢(とむ)さんが今春、話題の舞台「千と千尋の神隠し」(原作・宮崎駿)で釜爺(かまじい)の役を演じると聞いて、東京・日比谷の帝国劇場に足を運んだ。劇団「大人計画」に所属する吐夢さんは、私と同世代の立派なオトナだが、実はわが愚息と同じ愛育病院で生まれ、同じく愛育ナーサーリーに預けられたと聞く。今のように地域保育が進んでいなかった時代、働く母親のシンパシーを勝手に感じて、どうしても舞台を観たい気持ちに駆られたのだ。
同舞台は、東京公演のあと、名古屋、博多、大阪、札幌をまわり、ロンドン公演も予定する。アニメが原作であることを忘れさせるほど全てがリアルに再現され、舞台装置は圧巻のスケールで、キャスティングの豪華さにも脱帽した。当日は、セン役が橋本環奈さん、湯婆婆(ゆばあば)は羽野晶紀さんが演じて超満員、カーテンコールは大喝采となった。
この春、もう一つ楽しみにしていた舞台が、劇団四季の「アナと雪の女王」である。こちらは、ご存じウォルト・ディズニー原作のミュージカルで、「JR東日本四季劇場[春]」でのロングラン公演だから、すでにご覧になられた方もいるだろう。スヴェン役に、いとこ甥(おい)の千葉晃樹くんが出演中だ。
以前、「ノートルダムの鐘」に出演したときは、まだコロナの5類移行前だったので差し入れができなかった。そこで今回は持参しようと意気込んでいたら、肝心な自分がコロナに感染してしまった。やむなくチケットは家族に譲って、ゴールデンウイークに改めて友人と鑑賞する予定でいる。
さて、奇しくも2人には、俳優という夢を追いかけることを男親から反対された、という共通点がある。それも男親が亡くなる間際に、やっと息子の活躍や功績を認めてくれ、優しく去っていった。ちなみに吐夢さんは、その感謝の思いを公演パンフレットにもつづっている。
新年度が始まる前の自分時間に英気を養おうと、吉野山と二つの春の観劇を計画したが、「千と千尋の神隠し」以外は、そう簡単にうまくはいかなかった。
今年の入社式は、桜に見守られ例年にない明るい雰囲気が多いように感じられた。社会に羽ばたいたフレッシャーズたちへ、夢をかなえてほしいとエールを送る。世間の荒波に揉まれて初めて、親のありがたみを知ることだろう。
(淑徳大学 学長特別補佐・経営学部学部長・教授 千葉千枝子)