暦は七夕。仙台の奥座敷・秋保温泉の名旅館「茶寮宗園」を訪ねた。数寄屋風建築は静寂なたたずまいで、緑まばゆい日本庭園の大きな池には錦鯉が悠然と泳いでいる。しばらくぶりの宿泊だ。
遠来の客人を温かく出迎えてくれたのが、「水戸屋開発」の山尾直嗣社長である。同社創業は寛永年間、江戸時代から続く老舗で、茶寮宗園のほかに「ホテルニュー水戸屋」や同「アネックス」と併せて200室以上を展開する。
山尾社長とは、筆者がJTB勤務時代に同じ営業課で席を並べた仲で、かれこれ30年の付き合いになる。温厚で誰からも好かれる人柄は、昔とちっとも変っていない。今では東北きっての旅館経営者として、押しも押されもせぬ立場でご活躍だ。
東北の名旅館といえば福島・磐梯熱海の「四季彩 一力」にも4年前にうかがった。それが小口憲太朗社長とは「憲ちゃん」「直ちゃん」と呼び合う間柄と聞いて驚いた。東北の旅館経営者たちは皆、仲がよいそうだ。東日本大震災やコロナ禍を経たことで「絆」が一層、深まったのだろう。
秋保温泉には、旧岩沼屋の「TAOYA秋保」や星野リゾート「界 秋保」が参入して、さぞかし外国人観光客が大挙しているのかとおもいきや、意外と多くはなかった。オーバーツーリズム対策のインバウンド地方分散を、さらに推し進める必要がある。「仙台をゲートウェイに、秋保のような内陸や三陸沿岸へのシャワー効果を期待する」と山尾氏は語る。
よく磨かれた木の廊下が、清廉な雰囲気を醸す。客室備え付けの露天風呂で汗を流してから、季節の懐石料理で旅仲間と夕食を囲んだ。珍しい舟形の器で供されたお造りは写真映えがする。この時期ならではの鮎素麺(そうめん)の椀盛が、これまた絶品で、舌鼓を打った。茶寮宗園オリジナルの純米大吟醸「紅梅」に、よく合う茶懐石だった。
翌朝、趣きある湯めぐりが楽しめるホテルニュー水戸屋の館内視察をさせてもらった。バンケットルームの需要も大幅に回復しているようだ。ここ数年、各旅館では個人客の獲得を目的に宴会場の仕様変更が進んだが、逆に団体の受け入れ可能な宿が減っていることもあり貴重な存在になっている。気になるのは入り込みの観光バスが人手不足で確保ができず、機会損失につながっている点だ。東北観光推進機構を中心に、広域な仕組みづくりが今、進められている。
ホテルニュー水戸屋では女将の美恵さんや宿泊部の松田景樹さんに世話になり、学生たちのゼミ合宿で利用した。大変好評だった。また、筆者の祖父・下川原孝が生前、全日本マスターズ陸上競技選手権(M100)で世界記録を樹立したときは一族で宴会場を利用した。学生やファミリーにも手が届く価格帯なのがうれしい。
茶寮宗園が開業して間もない90年代初め、職場の人たちと全館貸し切りで泊まったときに、先代の女将と社長があいさつされたことを鮮明に思い出した。当時、旅行会社で研鑽(けんさん)を積んでいた若き跡継ぎは、立派に家業を守り抜いている。そして親の背中をみて育った山尾家のお嬢さんとは先月、バンコクで偶然の初対面を果たした。親と同じ旅行会社で働いているという。ゆくゆくは、ご子息が継ぐのだろうか。山尾家と水戸屋開発のますますのご発展を祈念する。
(淑徳大学 学長特別補佐・経営学部学部長・教授 千葉千枝子)