日本の近代化は、1964年の東京五輪以後、急ピッチで進む。世は文字通り車社会となる。高速道路も整備され、全国的に道路は舗装された。で、交通事故は日常のものとなり、死者数も毎年うなぎ昇り。だんだんと深刻な問題となる。「交通安全」は、大きな願いごととなり、各自治体は「交通安全宣言都市」を名乗る。「交通事故ゼロ宣言」をする自治体はなかった。事故が日常のものになってしまったのだ。
どの新聞も社会面の下に前日の事故数、死亡者数、負傷者数を記事にしていた。コロナ禍の折も、同様に患者数や感染者、死亡者数を明示し、読者に警告して新型コロナウイルスの怖さを伝える。交通事故の悲劇は、常に大きなニュースであったものの、その数が多くなるにつれ、ニュースとならなくなってきた。
母親が、近所の親しい人が交通事故で亡くなったと私に教えてくれた。私は、交通事故は他人事ではなく、どの家庭でも犠牲者が出る可能性があると応えた。その数カ月後、私の兄嫁が2歳、4歳、6歳の子供を遺して事故死した。この悲しみは、大きなショック、交通事故の恐ろしさが脳裏にまとわりつく。
政府は、2021年度から5年間の第11次交通安全基本計画の原案をまとめた。それによると、交通事故死者数を2千人以下に抑えることを目標にしている。ちょっとガッカリする。2千人までの死亡者数は、やむを得ないと決め込んでいるのだ。が、この目標は、2000年までの死者数と比較すれば、うんと少なくなってはいる。ドライバーは、交通ルールやマナーを守り、安全運転に協力しているのは確かだが、自治体が積極的に安全をキープできるように努力すれば、まだまだ事故を防止することができると思われる。
だが、自治体は交通事故は警察の仕事と決め込み、それほど熱心に事故防止に取り組まない。基本計画の原案のポイントの一つに、「高齢者、子供の安全対策を強化し、生活道路で歩行空間を整備する」とある。これは自治体の仕事だ。同時に、条例で努力義務として、80歳以上の高齢者に免許証の返還を促すようにするべきである。高齢者ドライバー事故の多発は、条例で食い止めるしかない。
生活道路や学童の多い地域では、米国や欧州ではスピードが出せないように工夫している。この工夫が日本では足りない。自治体が工夫して学童や幼児を守ってほしいものだ。近年、交通標識や道路標識が、きちんと立てられてはいるものの、樹々の陰になっていたりして見にくいものも散見する。そのチェックも自治体にお願いしたい。国土交通省や警察だけに任せていたのでは事故を減少させるのは困難である。
自然災害が多発し、交通事故以外の案件で各自治体も多忙を極める。しかし、交通事故は、地域の人たちや自治体の取り組みによっては、うんと減らすことができる。各自治体も政府にならって、交通死者数の目標を立てて住民に警鐘を打ち鳴らしていただきたい。ある程度、恐怖心を住民にあおらないと、免許証の返還も進まない。この返還運動を熱心に行う自治体の出現を望むが、期待薄だ。
最近、あおり運転で検挙されるニュースをワイドショーのTVなどで散見する。基本計画の原案ポイントに、「あおり運転などの取り締まりを強化する」とある。この危険な運転を許してはならず、この案件についても住民にきちんと自治体は伝えるべきである。警察だけに頼っていては、交通事故は減少しない。
宅配代行サービスの普及もあり、自転車事故も防止せねばならない。車両速度抑制のためのゾーン対策、自治体が取り組む仕事が結構あることに気付く。交通安全基本計画は、交通安全対策基本法に基づくもので広範囲にわたるものだが、自治体に関する内容も多岐にわたり、1人でも犠牲者を減らすために研究する必要がある。
私自身は、まず自治体は熱心に高齢者の運転免許証の返還運動を行うべきだと願っている。