【地方再生・創生論 238】日本の自然布を見直そう 松浪健四郎


松浪氏

 今年の夏は「麻」のスーツで過ごした。すぐにシワができてしまうが、感触がいいし暑さをあまり感じさせない。ネックは高価すぎる点であろう。とくに「麻」は日本では栽培できないために輸入に頼るしかない。この植物繊維を原料とする自然布は、日本には多数あるが過去のものとなっている。大量生産ができず、郷土織物にとどまる。が、私は見直しの時代を迎え、その大衆化を目指すべきだと考える。地方活性化に寄与するばかりか、伝統を継承する意味においても大切であろう。

 ユニクロをはじめ大手の衣料会社の使用している「綿」は、中国のウイグル族等の強制労働によるものだと指弾されるようになり、人権問題を助長させているとの指摘もある。「綿」は世界各国で生産されているが、わが国はエジプト、パキスタン、中国、南米から輸入している。各国の「綿」にはおのおのの特徴があり、最も優秀なものは「マダガスカル綿」だという。かつて私は日本への輸出を大統領と交渉したことがあるが、ほとんどフランスが独占的に輸入している。フランスの旧植民地だったからである。綿の繊維が長くて光沢があって絹を想起させるほどだ。

 「日本の自然布」(小野健太著、宵衣堂)を読んで、横浜市歴史博物館で開催されていた「布、うつくしき日本の手仕事」展に行く。「麻」は縄文時代以前から木綿が普及するまで、日本の基本的な布の素材だったという。現在では「麻」は自由に栽培できず免許が必要である上に、加工から織布までの技術が断絶してしまっている。大麻は麻薬と関係あるため栽培できないが、大相撲の横綱の締める綱は精麻という糸の原料で、栃木県鹿沼市を中心とした地域で盛んに生産されている。

 首相官邸の玄関前の庭に大きな石が置かれている。完成した当時は池で、エジプトの古代紙の原料となったパピルスが植えられていた。だが、うまく発育せず美しくなかったため、埋めて石を置いた。パピルスで糸を作り、布を織ったと想像できるのは、和紙の原料である楮(こうぞ)と三叉(みつまた)等の植物も布の原料とされてきたからだ。

 アイヌの衣服として有名なアットゥシは、オヒョウの樹皮を用いる。道東、道北、胆振地方や日高地方などで盛んに作られてきた。2013年には北海道初の伝統的工芸品に指定され、木綿で刺しゅうする。古代に連なる方法で織り、軽くて柔軟な布となっている。また、植物布の代表的なものに「葛布(くずふ)」がある。秋の七草、日本全土に自生する蔓(つる)性の植物である葛を原料とする。

 「葛布」の歴史は古く、古墳時代には使われていたとされ、自然布でありながら唯一の世界商品となったと小野健太が言う。蔓は新芽を伸ばして繁茂する葛を利用しないのは、もったいないと思われる。現在は静岡県掛川周辺で「葛布」が織られている。この製作方法を学べば、貴重な布を手中にできる。かつては全国で作られていたのに、明治以降は需要がなくなり、布から壁紙や襖(ふすま)の材料になってしまった。

 京都府の丹後半島では、「藤布」が現在でも織られている。山に自生する藤の蔓を刈り、加工して繊維を作って織り上げる。手間がかかるために絶えつつあるが、保温性の高い強靱(きょうじん)な特性持つ布ができる。ただ、藤は栽培できず、山中から収穫せねばならない。強靱な布としては「太布(たふ)」も古くから織られてきた。楮が原料で和紙も作る。楮を植え、その樹皮を用いて純白の布を織る。他にも沖縄の「宮古上布」や「芭蕉布」といった植物布が、古くから日本にあったのだ。

 休耕地の多い自治体は、藤以外は田畑に植えることのできる原料となる植物を普及させてほしい。そして植物繊維から手織りのための布を作ることを考えて、今の時代にマッチした製品化を視野に入れるべきである。現代のファッション界に新鮮な話題を提供すべく、自然布に取り組んではどうだろうか。

 大量生産化はコストを下げるが、コストよりも特徴のある物の時代に突入していることを知っておかねばならない。

 
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