【地方再生・創生論 327】大切にしたい「湧き水」 松浪健四郎


 災害に襲われて困るのは「水」である。自衛隊の給水車に長い列を作って順番を待つ人々の光景は、この国の災害時の定番である。私たちの幼少時代は、どの家にも井戸があった。飲料水はもちろんのこと、生活用水は井戸から釣瓶(つるべ)で得るのが一般的で、風呂に水を入れるのに閉口した思い出がある。

 1964年の東京オリンピック前から、上下水道の普及に政府が力を入れる。衛生問題もさることながら、地盤沈下問題もあり、先進国としての体裁も整える必要があった。政府は自治体に補助金を出し、上下水道のためのダム造りにも熱心だった。災害防止も兼ね、大小のダム工事が急ピッチに進んだ。で、今や井戸水を用いる人たちは皆無、その井戸を掘る人たちもいなくなった。日本人ほど入浴好きの国民は他国では見られないが、水の消費はそれだけに多量に上る。

 「日本人は、水と空気はタダと考えている」、とよくいわれるが、水道水をそのまま飲めるのも日本の特色である。私は外国での生活が長かったが、硬水の国が多くて水道水は飲めず、煮沸してから飲むのが常だった。で、飲料水のボトルを買う日々、水はタダではなかった。私たちは洗濯も毎日する国民、この清潔好きが水の消費を大きくする。

 ちょっと前書きが長すぎた。地域地域によっては、その地の銘水がある。その湧き水を私たちが大切にしているか、それらについて記述しようと思ったのである。

 熊本・阿蘇を旅行するがいい。火山活動の影響で、あちこちに湧き水の場所が点在することを知る。降水量の多い阿蘇にあっては、雨が地下に染み込んで、やがて湧き水となる。農業用水だけではなく、生活用水としても利用されている。永い年月をかけて、雨水が地中の深くから湧き出て、人々の暮らしを支えてくれる。湧き水の近くには、水神を祭る神社があって、信仰の対象ともされている。この傾向は、阿蘇に限らず、日本全国どこも同じようである。
 私の毎朝の通勤路でもある家の近くにも、「霊泉の滝」という湧き水がある。横浜市中川にある老馬鍛治山不動尊で、古くから地元の人たちに親しまれてきたという。横浜市名水7選にもあげられる湧き水で、ポリタンク持参で持ち帰る近隣の人たちが多数いる。ただ、注意の看板がある。「昔はそのまま飲んでいましたが、今は煮沸してから飲むことを推奨します」。衛生問題を心配しているのだ。

 「霊泉の滝」の横にある階段を昇ると、老馬鍛治山不動尊の境内になっている。桜やイチョウの大木が茂り歴史を物語る。都市開発の際、場所を移してほしいとの要望があったそうだが、霊泉の滝の水が病人を救ってきたという理由で断ったらしい。樹齢300年を超す大木の下にある滝が、地域の人々にとっては大切なのである。

 湧水口の下は、小さな池。その池の両サイドに50センチばかりの不動明王2体が、私たちをにらんでいる。18世紀後半の作とされるが、左側の不動明王の顔が少し割れている。関東大震災時に滝つぼに落ちたからだそうだ。痛々しく感じさせられ、手を合わす。

 たまたま住宅地の中にある「霊泉の滝」、住民たちのパワースポットでもあろうか。そこで、私の住む横浜市にどのくらい湧き水の場があるのか調べて驚いた。35カ所以上もあるではないか。神社や寺の境内にあったりまちまちだが、どこも大切にしていると教えられた。

 そういえば、故郷の泉佐野市でも鳥居を建てて大切にしていたし、「水呑神社」なる神社もあった。私たちの先祖は、水を大切にしたばかりか、湧き水は神からの贈り物と考えてきた。開発が全国で見られるが、湧水口を守り抜いてほしいと訴える。

 東京・調布市の深大寺は、ソバで有名だが、実は湧き水の神様を祭ることでも有名なのである。酒とソバは、いい銘水があってこそおいしいといわれる。早速、深大寺に参拝し、ソバを食べた。「名物にうまい物なし」、と古人は言ったが、それはウソだと私は思った。

 
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