【地方再生・創生論 336】持続可能な生活排水処理を考える 松浪健四郎


 イスラム教は、豚肉を食べることを禁止している。イスラムの聖典である「コーラン」には、なぜ食べてはいけないのかの記述はないが、豚肉を嫌う。

 あくまでも私の想像だが、豚なる家畜は人間の糞(ふん)だけで育つために人間の労働意欲をそぐために飼育も禁止しているのかもしれない。加えて、豚は非衛生的な環境の中でも育つ。さらに、豚肉は牛肉のごとく半焼きで食することができないので、燃料の乏しい砂漠地帯にあっては効率が悪い。イスラム教徒たちは、豚肉だけにとどまらず皮の使用も禁止する。

 国家の近代化の第一歩は、「悪臭」を社会から消失させ、非衛生的な環境を追放することだ。1964年の東京オリンピックを迎えるにあたり、政府は上下水道の整備に力を入れた。水洗トイレ設置には補助金を出し、「悪臭」と「ハエ」を生活圏から追い出そうとした。どうしても先進国としての体裁を整える必要があったのだ。井戸水よりも水道水、各自治体も上下水道局を設け、近代化を急いだ。約半世紀前の政策だったからか、あちこちの自治体がパイプの老朽化に苦労しているニュースが飛び込んでくる。

 個人住宅のトイレの水洗化が急速に進み、全国のあちらこちらで下水道の整備が行われた。が、下水道網の整備できない地方では、トイレ排水だけを処理する「単独処理浄化槽」が普及した。当時、各個人住宅には、その浄化槽を設置するだけのスペースがあった。この浄化槽は、トイレ排水だけで台所や風呂、洗濯等の汚れた水は処理されずに、そのまま流された。そのために、河川には洗剤などのアワが立ち、汚れが目立った。河川では魚介類の動生物も苦しめられ、環境の悪化が叫ばれるようになる。

 で、昭和58年(1983)に浄化槽法が制定され、62年(1987)には浄化槽整備事業に国庫補助制度が創設された。その補助制度が、老朽化したまま使用されていた単独処理浄化槽から「合併処理浄化槽」への転換を促すこととなった。私の家内の世田谷区にある実家でも、補助金を得て合併処理浄化槽へと転じた。

 合併処理浄化槽は、台所、風呂、洗濯等の排水もトイレの排水も受け入れて放流する。単独処理槽の8分の1の汚れで放流されるため、水質保全にも優れている。下水処理場の水質とほとんど変わりないため、合併処理浄化槽の普及が急がれた。平成12年(2000)には、浄化槽法が改正され、単独処理浄化槽の新設が禁止されるようになり、水環境の保全が大きく進んだといえる。

 アメリカ留学をした1968年当時、さすがに先進国だと感心させられたのは、どんな辺鄙(へんぴ)な地へ行こうとも、トイレは水洗だったからだ。衛生問題を重視し、生活環境を徹底して整備していたばかりか、どこにも「悪臭」はなかった。

 発展途上国の保健衛生政策は遅れていて、先進国からの援助は伝染病をまず防ぐことから始められていた。そのリーダーは、日本政府で日本は発展途上国の感染症のために最も貢献してきた国といえる。

 さて、下水道は全国に普及し、下水道率は80%に達した。市街化区域には、ほぼ下水道は整備されるようになったが、大規模排水処理場と長距離の下水道管の維持管理費用に苦しむ自治体が増加したのだ。人口も減り、生活用水も節水等で下水道使用料収入が減少したため苦境に追い込まれている。そこで、下水道と浄化槽の費用対効果を考えると、地方にあっては浄化槽の方がベターだという。

 合併処理浄化槽のメリットを各自治体は理解し、助成金を拡充させた方がいいようだ。人口増加と市街化が進んだ20世紀は、下水道と単独処理浄化槽が主力であったが、下水道施設の維持が財政的に難しくなる現在、合併処理浄化槽の活用を本気になって考えねばならなくなってきた。

 持続可能な生活排水処理を考えるとき、下水道一本槍(やり)では困難な時代を迎えている。

 (参考・「自由民主」令和5年9月19日号)

 
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