「いやしの郷」づくりで域外との交流拡大
「温泉」「食」「軽い運動」で来訪者の心身リフレッシュ
福井市の中心部から車で40分ほど、隣接する大野市などにもほど近い山間に位置する福井市上味見(かみあじみ)地区。同地区も他の地域と同様高齢化と人口減が大きな課題となっている。そうした中、地域外からの交流人口増加を目指し「伊自良・いやしの郷づくり構想」を策定、地域の活性化を推進。10年間で27人が移住するなどの成果も上がっており、令和3年度の豊かなむらづくり全国表彰の農林水産大臣賞および農林水産祭で日本農林漁業振興会会長賞を受賞するなど高い評価を受けている。
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上味見地区は、足羽川の源流域にある飯降山の麓に豊かで美しい里山景観が広がる山郷の集落。同地区は豪族・伊自良氏が拠点を構えていたという言い伝えがあり、県の重要文化財に指定された仏像(阿弥陀如来像)が安置されている聖徳太子ゆかりの聖徳寺、樺八幡神社等の文化財、県の無形民俗文化財にも指定され700年以上も続けられている「じじくれ祭り」等、文化的にも恵まれている。さらに、山間地での伝統の焼畑農法で栽培される「河内(こうち)赤あかかぶら」や寒暖の差がもたらすおいしいお米、品質の良い酒米から造られる地酒等、食にも恵まれた地域である。
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同地区では、ふるさと創生として平成8年に町営(旧美山町)の伊自良温泉が開湯。さらに平成11年からは福井市街地からシャトルバスを運行し、伊自良まつり(11月)を開催して、地域内外の交流が始まった。また、平成13年に廃校になった上味見小学校は、上味見生涯教育施設として利用されていたが、北東アジアこども交流キャンプの開催を契機にNPO法人自然体験共学センターが子どもキャンプなど自然体験活動拠点として活用するようになるなど地域内外との交流が深まっていた。
前述の伊自良温泉の管理運営は、地域住民が「伊自良の里振興協会」を作り、地域住民が受け皿となって指定管理(平成19年)を受け、実施。
平成23年、東日本大震災が発生した際には、「福井からも何か支援ができないか」と考え、被災した福島の子どもたちを地域で受け入れる「福福こどもの笑顔プロジェクト」を開始した。当初は、共学センターが中心となり、子どもキャンプの特別枠として行い、ホームステイや女性グループ「上味みママーズ」による昼食の提供等も含め、夏・冬1週間実施した。現在、「福福こどもの笑顔プロジェクト」は、福井市自然体験交流推進協議会が事業を引き継ぎ、延べ377人(令和3年3月現在)が参加し、福島の子どもとは家族ぐるみの付き合いにまで広がっている。このことがきっかけとなり、地区内で活動する団体間の緩やかな連携が始まり、第10回グリーンツーリズム・ネットワーク福井大会の分科会を「地域とNPOとの協働による地域づくり」と題して伊自良温泉へ誘致・開催し、受け入れに向けた話し合いを進めることで連帯感が強まり、地域内に都市交流の機運が広がった。
このような中、「伊自良の里振興協会」は、さらに地域内外との交流を促進するため、平成27年に「伊自良・いやしの郷づくり構想」を策定、地域活性化に向けさらなる取り組みを加速させた。同構想では、「山郷の恵みのおすそわけ~山郷の物語をつむぐ・山郷の暮らしの旅をする~」をコンセプトとし、美しい景観をベースに「温泉」「食」「軽い運動」を核とし、「伊自良の里を癒やしの里としてイノベーションしていくことで、地域外からの来訪者の心・体のリフレッシュを図れる里として広くアピールすることで交流人口を増やす」ことを目指している。具体的には地域内を流れる味見川の河川清掃など「いじらの里全体の景観づくり」、伊自良温泉での薪(まき)ストーブ導入による温泉の「おもむき」づくりなど「伊自良温泉の魅力づくり」、いろりで楽しめる農家レストランなど「資料館・武家の館のリノベーション」「芝生広場、田んぼの再活用」などに取り組むこととした。
こうした計画を受け、平成28年には「伊自良の里振興協会」とその連携団体等を構成員とする「伊自良の里・食と農推進協議会」が発足。地区内外の連携を強化し、地域住民の交流拠点ともなっている伊自良温泉を核とした取り組みを進めている。
協議会は、これまで上味見地区の地域振興を推し進めてきた「伊自良の里振興協会」を中核として、体験企画のNPO法人(前述の自然体験共学センター)、生産組合(上味見みらいファーム)、女性グループ(上味みママーズ)、地区外の若者を中心とした上味見青年団等を構成員として設立された。「地域の活性化とコミュニティの再生」を目指して、自然や食を活用し、都市との交流を推進しながら、地域を支える若者の確保を目指して、さまざまな活動を展開してきた。
伊自良温泉では、当初は加温に重油を利用していたが、平成28年に薪ボイラーを導入。薪は地域の主産業である林業の間伐材等を利用しており、これにより、適切な育林を促進することにもつながるといったメリットもあるという。さらに薪ボイラーに引き続き、薪を活用した山村らしい暮らしづくりに向けて、薪オーブンを購入し、子どもの活動やイベントにおいて、ピザづくりを行うなど、薪活用の推進を図っている。今後、薪ストーブを温泉等に導入することを予定している。
また、伊自良温泉に隣接する資料館の別館は令和元年に飲食施設「いじらやきはた食堂」に改装。前述した地域の女性グループ「上味みママーズ」がほぼ地元の食材を利用して食事を提供している。飲食の提供は「ゼンマイを戻すなど食材準備の都合」(代表の宮崎幸枝さん)から現状は土日のみの完全予約制。取材日(5月4日)は山菜の時期ということもあり、「ついさっき取ってきたばかり」という山の恵みを中心とした料理が並んだ。上味みママーズはこのほかにも、地元特産の伝統野菜「河内赤かぶら」のほか地元で採れた農畜産物を使ったパウンドケーキや赤かぶらの酢漬けなど6次産業化製品の開発・生産などにも取り組んでいる。なお、赤かぶらは、同地で古くから続く雑木林を活用した焼き畑農法を用いて、赤かぶら生産組合を中心に、青年団が協力する形で生産されている。
いじらやきはた食堂で提供された料理
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青年団の中心となっているのが、10年ほど前に同地に移住した兵庫県出身の伊藤弘晃氏。伊藤氏は、大学時代から上味見で子どもの野外活動のボランティアに参加。その縁から移住を決断し、地域の活性化に向けた活動を開始。それを契機に地域住民との緩やかな連携が生まれ、「福福こどもの笑顔プロジェクト」や山村交流等を通じて小さな活動が輪を広げ、地域にさまざまな人材を呼び込むことにつながった。これらのつながりにより地域外の若者を中心に地域におけるさまざまな活動が維持・継承されている。具体的には、(1)地域外の若者を中心に結成された上味見青年団が焼き畑に協力することにより継承されている河内赤かぶらの栽培(2)大学生との交流が大きな力となり継続されているじじくれ祭り等の開催(3)自治活動に重要な役割を果たす消防団の構成員としての受け入れなど。
このほか、地域外との連携については、さまざまな大学と協力して取り組みを行っている。福井大学とはPRリーフレット「KAMIAJIMIOTAKU」や前述の上味みママーズの赤かぶパウンドケーキを紹介するリーフレットなどの作成を通じた情報発信など。福井工業大学とは、自転車の車輪を利用したナノ水力発電機を製作し、用水路に設置して発電を行い、街灯等に活用したり、旧貯水槽を活用したピコ水力発電を実施。また、木材の伐採から加工までを行う「木匠塾」を林家とともに開講し、木にふれ合うことの魅力を発信している。さらに京都産業大学は、「ふるさワークステイ」の名のもと交流活動を通じて稲刈りや秋祭りの手伝い、集落の応援活動を行っている。
取材に応じてくれた清水事務局長(左)と伊藤さん
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地域でどうしても発生する空き家については、負の遺産とせず、外部人材の居住環境や宿泊施設などに有効活用している。
例えば、損傷の少ない空き家を無償賃借や譲渡を行い、宿泊施設等での利用を進めて交流活動に活用している。また、農家民宿の開業も支援し、空き家と併せて教育旅行の受け入れの交流活動に活用している。また移住者への空き家のあっせんも行い、定住化の支援を行っている。この結果、過去10年間で27人が移住している。移住者は地域産業、社会生活においても活躍しており、頼りになる存在となっている。
「伊自良の里・食と農推進協議会」の事務局長を務める清水重勝氏は移住者について「老若男女おられるが、いずれも『この地域が好きな人』。はじめは戸惑いもあったが、すぐに打ち解けるようになった」といい「伊藤氏をはじめ外部からの人の力があってさまざまな取り組みを行うことができ地域の維持につながっている」とした。移住者の新たな取り組みとしては、現在観光ブルーベリー園の開園も検討が進んでおり、協議会としてもそうした新しい動きを後押ししていきたいという。こうした「よそ者」への姿勢が地域の活性化につながっているようだ。さらに「移住者の方は心配事や不安もあると思う。そうしたことを払拭(ふっしょく)できるよう意見交換会を開きたいと考えている。その上で、地域の力にもなってもらいたいと思っている」とも。
一方で今回のコロナ禍で地域内外の交流が減ったことに危機感を覚えている。清水氏は「イベントができないだけでなく、各大学との交流もストップ。例年5月5日に予定していた『じじくれ祭り』も3年連続で中止となってしまった。こればかりは仕方ないが、早く元の状況に戻ってほしい」と語った。
上味見地区の風景